小説 川崎サイト

 

デモンストレーション

川崎ゆきお


「裏手、または黒手をご存じですか」
「はて、それは黒子のことではないのか」
「まあ、そうです」
「それが何か」
「祈祷師には必ず裏手、黒手がいます」
「祈祷師とは、昔の陰陽師のようなものだね」
「はいそうです」
「君は何かね」
「それを研究しています」
「しかし、そんな文献はないだろう」
「呪詛をご存じですか」
「呪い殺すのだろ」
「それは、不可能でしょ」
「そうかな」
「人に恨まれて、呪い殺されても不思議ではない人が、のうのうと天命を全うしているでしょ。百人ほどから恨まれても、問題なく。だから、効かないのです。人の念は。だから呪詛には黒手、裏手が動いているのです」
「それは君の作り話かね」
「世に出ることのない職種です」
「じゃ、忍者のようなものかい」
「非常に似ています。呪詛の具体化版です」
「具体化版」
「はい、念や超能力ではなく、物理的にやってしまうわけです。毒を盛るのもその一つです。何せ呪詛で相手を殺せないし、病ますこともできません」
「なるほど、まあ、聞くだけは聞いてみましょう」
「だから、陰陽師には必ず手下がいます。これは家来のようなものです。または、請け負う人もいます。まあ、プロの暗殺者でしょうねえ」
「それは露見するでしょ」
「だから、呪詛するということは、具体的に危害を加えに行くぞ、ということなんです」
「しかし、昔は呪詛は存在し、信じられておったのだろ。だから、呪詛しただけで罪になる」
「呪詛しただけでは人は何ともありません。それを知っていたのじゃないでしょうか」
「当時の人ではないので、私には何とも言えん」
「呪い殺された人もいなかったのですよ。それを、昔の人も知っていた」
「しかし、その黒手や裏手で殺された場合、呪詛は本物になるだろう。知らなければ、呪い殺されたと信じてしまう」
「そこが曖昧なんです」
「しかし、そんな職種の人がいたとは思えん。いたとすれば、何らかの文献がある。誰かの日記とかにね」
「じゃ、やはり、そんな暗殺者はいなかったと」
「と、思いますよ」
「しかし、僕は昔でも、祈祷では人は死なないことを知っていたと思います」
「だから、殺すのが目的ではなかったのでしょうな」
「はあ」
「そんな、祈祷師の家人を使わなくても、またそれ以前に祈祷師などに頼まなくても、直接暗殺すればいいのだから」
「では、祈祷はデモンストレーションだと」
「はい」
 
   了

   


2012年9月4日

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