小説 川崎サイト

 

落ち武者会

川崎ゆきお


 秋の陽射しが優しい。さらに夕方となると、さらに穏やかだ。暑くもなく寒くもない。増田はこの季節が好きで、自転車で近所をうろうろしている。特に用事はなく、風景を見ているだけだ。見るだけのものは周囲に多い。まだ自然が豊かな地方の町のためだ。
 しかし、数年前までは都心部で仕事をしていた。会社を辞め、起業し、成功を収めたが、その後転落した。借金を背負ったまま生まれ故郷の町に戻って来たのだ。都落ちであり、落ち武者だ。しかし、戻れる場所があるだけ幸いだった。
 その後、穏やかな日々を送っている。
「増田君?」
 声を掛けられた。同年配のはげ頭だ。
「分かる」
「立花かい?」
「正解」
「戻ってきたの」
「増田君の方が先輩だな」
 二人は同級生だ。
「都落ちでは先輩ってことかな」
「そうそう」
 先に町を出たのは増田で、先に戻って来たのも増田だ。
 似たようなコースを辿っているので、ありがちなことだろう。
「落ち武者の会があるの知ってる」
 増田は知っていたが、参加していない。
「あそこは再起を図るサークルだからね。僕はもうその気はないから、興味がないんだ」
「竹田や、高橋も加わっているらしいよ」
 この二人は後輩で、まだ若い。ということは、都会での滞在期間が極めて短いのだ。村田などまだ若い。だから二年ほどで落ちたことになる。早い。
「僕はどうしようかと迷っているんだ」
「やる気があるのなら、また出ればいいじゃないか」
「いや、今度出て失敗すると、後がないし。もう入り込めるような仕事もないはずだし」
「この町では出来ないの」
「出来ない」
「じゃ、出て行ったら」
「増田君はどうするの」
「僕はもう出ない」
「仕事は」
「もう仕事もしない」
「じゃ、退屈だろ」
「家の修理とか畑の手入れとかやっていると、あっという間に時間が過ぎる。やることは一杯ある。だから退屈しない。それに……」
「それに?」
「満更でもないんだ。今の暮らしが」
「でも、やりたかった仕事があったんだろ。その続きをやろうとは思わないの」
「いや、それはもう、飽きた。それに可能性もないし」
「それは言えてるねえ。僕もそれを感じているんだ」
「いいことだ」
「どうだろう?」
「何が」
「落ち武者会に対抗して、新しい会を作らないかい」
「何だいそれ?」
「再起しない会だよ」
「なるほど」
「落ち武者会は、再起を狙った連中が集まっている。まだ懲りていないんだ」
「誰が会長になるの」
「君だよ。増田君」
「どうして」
「だって、一番の成功者で、一番の落下者だから」
「落下者って、言葉ないぞ」
「何でもいいから、落ち武者グループのやり方は気にくわないんだ。実力がないから落ちたくせに、まだ再起を狙う過激派なんだ。あきらめの悪い連中だ。そういう思想は毒だ」
「よく分からないけど、もうそんなことはどうでもいいんだ」
 しかし再起しない会のメンバーは意外と多く集まった。そして、再起を願う落ち武者会との抗争が始まった。
 それは、昔、この連中が子供の頃のガキ大将ごっこと同じ組み合わせだった。
 せっかく夕日を見ながら散歩する穏やかな日々を送っていた増田なのだが、一方の将となり、張り切らざるを得なくなった。人の群れ、人の集団を見ると、弄りたくて仕方がない本性が出たのだろう。
 
   了
   

 


2012年9月9日

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