小説 川崎サイト

 

神の発生

川崎ゆきお


「神社の境内にね、妙な男がうろうろしているんだ。神主じゃない。服装が違う」
「どんな服装なんですか?」
「インドかチベットかは知らんが、いや、ペルシャかもしれん。フード付きの着物を着ておる。それもきらびやかな」
「ちょっとした大寺院の高僧が来たんじゃないですか」
「神社だからね」
「じゃ、何かの用事で」
「その神社は田舎の村の氏神様で、スサノウノミコトを祭っておる」
「じゃ、その神社に何か注目すべきものがあるので、調べに来たとか。神主と知り合いで、遊びに来たとか」
「神主は常駐しておらん」
「じゃ、何ですか、その得体の知れない人物は」
「よく見かけるのは境内周辺なんだ」
「じゃ、神社外にも現れるのですか」
「そうだ。だから、神社の周辺をうろうろしている人物なんじゃ。これは何だと思う」
「だったら、神様でしょ」
「すぐに、そこに来るか。間はないのか。また、かなりの選択肢があるだろう」
「見かけない服装なんでしょ」
「確かに。見たことはない」
「だから、神着ですよ」
「いや、だからきらびやかだぞ。神様は昔からおる。繊維技術が発展していなかった時代からな」
「じゃ、何だと思います」
「分からないから聞いておる」
「神様でなければ、不審者でしょ」
「間はないのか」
「年齢はどれぐらいですか」
「フードを被っておるからよく分からんが、鼻や口、そして歩き方からして老人だろう。板についておるというか、似合っておる。その年代でないと駄目だろう」
「何が駄目なのかは分かりませんが、気の触れた年寄りが、そんなものを着てうろうろしていたんじゃないですか。近所の人は知っている。でも無視している。触らぬ神に祟りなしで」
「そうだな。二つほど向こうの村だから、事情は分からん」
「これは、僕の推定ですが、その妙な衣服、派手な色型からして、女物の帯じゃないですか。帯をぐるぐる巻きにして……」
「それは怖い。その行為が怖い」
「危ない人じゃないでしょ。そこまであからさまで、晒しているのですから、それがピークでしょ」
「ピーク?」
「それ以上酷くはならないと言うことです。一番過激な状態が、そういうのを着てうろうろしていることなら」
「何で、そんなことをすると思う?」
「発散じゃないですか」
「ストレスの発散かね」
「もしそれが、有名なファッションデザイナーなら、何の問題もありませんが」
「山本関西のような人かね」
「それなら説明が付きます。安定しています」
「しかし、そんな派手な職業の人じゃなく、神がかった人なのかもしれませんぞ」
「それは神の発生原因の一つでしょうねえ」
「じゃ、その村内の不審者は、神になりつつあるのかね」
「猿が人間にはなれないように、無理でしょう」
「猿が人間になったのは、神が猿に降りたからじゃ」
「その話は、また別の機会に」
「分かった」
「まあ、珍しいものを見て、楽しんだ。それでいいじゃないですか」
「楽しくはないが、刺激にはなった」
「あなたも、そんなことをなさらないようにお願いしますよ」
「まあな」
 
   了
   

 


2012年9月10日

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