小説 川崎サイト

 

みんな夢の中

川崎ゆきお


「最近夢を見ますか」
「見ないねえ」
「今は、何か夢はありますか?」
「ああ、そっちの夢か。ないねえ」
「昔はあったのですね」
「若い頃はな。特に子供の頃は多く夢を見た」
「将来の夢はありますか?」
「だから、その今が、その将来なのだ。今、将来を生きておる」
「では、さらにその先の将来は?」
「明日のことかな。それは夢とは言えんだろ。それに明日出来ることなど限られておる。特に予定はない」
「ではこの先、夢も希望もないということですか」
「ああ、そういうものは必要ではなくなったということかな。賞味期限も近いしのう」
「あ、はい」
「生きてきた、この浮き世も、今、振り返れば夢のようなものだった。みんな夢の中だ」
「そうですねえ。過去も夢のようなものかもしれません」
「あんたはまだ若いから繋がっておる」
「何がですか」
「過去の今が繋がり、将来もそれに繋がる」
「そうですねえ」
「しかし、わしの過去は別世界のように見える。体験したこと、生きたこともな。だから、夢のように思えるのじゃ」
「でも、繋がっているから、今があるのでしょ」
「今は将来がなければ話にならん。将来があるから過去と今がある」
「将来というのは、未来のことですね」
「そうじゃ」
「では、今とは何でしょうか」
「それは難しい問題じゃ。過去を思うのも今だし、未来を思うのも今だ。だが、その今はすぐに過去になる」
「確かに難しい問題ですねえ」
「過去や今を思うのは、未来があるからじゃ。明日があるから過去もある」
「つまり、未来に向かって生きている、ということですね」
「しかし、未来は夢、過去も夢となると、話がややこしくなる。今、こうして喋っているときだけが現実となる。しかし、その現実はすぐに消えていく。過去になるでな」
「ややこしいですねえ」
「いや、ややこしく言ったまでじゃ。もっと単純な話で、そんなことなど考えなくても、何ともない」
「それは、人生は虚しいと言うことでしょうか」
「ある角度から見ればそうとも言えるが、それが全てではない。そう語った人は、そういう事情があったのだろうよ」
「興味深い話ですす」
「それは、賛成できんと言う意味だね」
「いえ、興味はあります」
「興味はあるが受け入れない。だから、それは否定なんだよ」
「いえいえ、それも一つの考え方だと」
「じゃ、全体はいくつだ。三つか八つか。まさか億個ではあるまい」
「それは言葉の綾です」
「綾などというのは曖昧なもの。夢と親戚じゃないか」
「先生、このあたりで纏めたいのですが」
「それは君が適当に纏めればいい。どうせ君の作文になる。だから、それもまた夢のようなものなんじゃ。現実ではない。しかしまた現実は捕まえられんがな」
「はい」
 
   了


2012年9月15日

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