小説 川崎サイト



蜆の巣

川崎ゆきお



 夏の暑い日だった。宮田は不動産屋のチラシを頼りにやっと目指す物件を見付けた。
 地図では駅から近いのだが実際にはかなりの距離があり、場所も入り組んだ場所に隠れるように建っていた。こんな貸家ならこんな価格だろうと、納得した。
 これで三件目で、その中からましなのを借りようと思った。今住んでいるマンションはコンクリートで囲まれた無機的な牢獄のようで、庭付きの貸家を探していたのだ。
 炎天下を歩いたので息苦しくなり、駅前の喫茶店に入った。
「何ですか」ドアを開けるとその一声だった。
「お休みですか?」
 真っ白なステテコをはいた老人が団扇をハタハタいわせている。休みなのかどうか考えているようで、蜆のような目玉には焦点がない。
「いいですか」
「何でした?」
「喫茶店でしょ」
「客か?」
 蜆は扇風機のスイッチを押した。カシャンカシャンと首を振り出し、何かが舞っている。扇風機に括り付けられた細紐が鯉幟のように泳いでいる。
 宮田はガラスの張ったテーブル席に着いた。
 蜆は電源を入れた。するとテーブルが明るくなり、マージャンのパイが浮かび上がった。
 宮田は足を組もうとしてテーブルの角に臑をぶつけた。思いの外マージャンゲームテーブルが分厚かったので、目測を誤ったのだ。
「ゲームはしませんから」
「そうでっか。熱いですしね。お好み焼けまっせ、この机」
 四人掛けだが、向こう側の椅子には紙袋が並び、椅子であることを失っている。奥のテーブルも段ボールが積まれ、テーブル台と化していた。
「何でした?」
「アイスコーヒーとか出来ますか」
 蜆は店を出て行った。
 そしてグラスに茶色い液体の入ったものを持って来た。
「ストロー、探しますわ」
「このままでいいです」
「さいでっか」
 アイスコーヒーには氷が入っていなかった。しかし、コクと酸味がバランスよい。だがシロップもフレッシュもない。自販機物だとすぐに分かったが、その方が安全だ。
 宮田は一気に飲み干し、立ち上がった。そのとき、またマージャン台に臑ををぶつけた。
「いくらですか?」
 伝票などない。
 蜆は思わず缶コーヒーの値段を言いかけたが、すぐに訂正した。
 宮田は店を出た。そしてこの町の貸家に決めた。
 
   了
 
 

 


          2006年8月16日
 

 

 

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