小説 川崎サイト



相談員

川崎ゆきお



「で、仕事はしていないと?」
「はあ」
「何年目ですか?」
「三年に」
「やる気はありますか」
「ありません」
 相談員は少し黙った。
「やる気が起こらない原因があるのですね」
「ないです」
「あ、そう」
 相談員は意味なく書類をめくった。
「では、ここにはどうして?」
「家が行って来いと」
「申込者は家の人なんですね」
「はい」
「社会に出た経験がないようですが」
「社会?」
「職歴です」
「ありません」
「では、社会に出る気はありますか?」
「社会って?」
「世の中に出て、人と接したりするような」
「今、接していますが」
「ここは特別な場所です」
「はあ……世の中には出ていますが」
「そうですね。こうして、来られたのですから」
「はい」
「でも、やる気がないと困るんです。やる気があるのに就職先がないとか、そういうパターンでないと」
「やる気って、何でした?」
「何かをやりたいという意欲です。何かやりたいこと、ありませんか?」
「一日ぼんやり過ごしたいです」
「じゃなくて、その……仕事でなくてもいいですから、興味のあることとか」
「小学生が好きです」
 相談員は黙った。
「小学校の先生ならなってもいいかな」
 相談員は横を向いた。
「何か?」
「真面目に答えてください」
「あ、はい」
「一般的な仕事はどうですか?」
「普通の仕事ですか?」
「そうです」
「面白くないから」
「仕事に就きたいと思うようになれば、また来てください」
「もう帰っていいんですか」
「どうぞ」
「やった」
 相談員は目を閉じた。
 
   了
 
 
 
 


          2006年8月21日
 

 

 

小説 川崎サイト