小説 川崎サイト

中世の道

川崎ゆきお


「昨日、中世へワープしました」
「ほう」
「しかし、実際には大正時代かもしれません」
「ちょっと、話が見えないのですかが」
「入り口は簡単なんです」
「あまり、簡単な話には聞こえませんが」
「家を出て、すぐの所に小道があるのです。狭い道で、車が少ないので、よく通っています。まあ、抜け道のようなものです」
「分かりました。そういう狭い道を歩いていると、中世への入り口がぽかりと口を開けていたのですね」
「よく分かりますねえ」
「続けてください。大体理解できますから」
「分かっていただけると思うから、お話しするのです」
「前置きはいいですから、すぐに入ってください」
「村道だと思います。その小道は。だから、その村道が出来た時代へワープしたわけです。時代が特定できないのは、室町時代からあった村なのかどうかを調べていないからです。鎌倉時代から、いや平安時代からあったのかもしれませんが、万葉集では笹原として出てきます。笹の生い茂る原っぱです。ここは平野部です。耕作地としては平野過ぎて駄目だったのかもしれません。広いわりには川がない。だから、水田が作りにくい。そう言うことです」
「ワープの話でしょ」
「今、始めています。これは前知識として、必要なのです。しかし、そのことがこの話に深くかかるわけではないのですが」
「続けて」
「私の家の近くにある、その農道がいつ出来たかです。村が出来た頃は古くても、この道が出来たのは明治時代かもしれません」
「もういいです。年代は関係しないのでしょ」
「はい、調べれば分かりますが、まあ、そこは適当にしておきます」
「続けてください」
「農道はあぜ道の太いものだと思えばいいのですが、村内にも道があります。村内とは何を差すかと言いますと、これは村全体を差すのか、家屋が集まっている箇所だけを差すのか、ここは曖昧です」
「核心箇所だけを話していただけませんか」
「見えてきたのです。昔の村の様子が」
「それそれ。それを続けてください」
「最初は見えなかった。ただの抜け道ですが、その小道、つまり農道か村道のようなものは村の中央部に向かっていました。当然、大きな道路や、住宅の中を通ってです。それらを、ないものとして見ていきますと、見えてくるのですね。村の輪郭が。おそらく今ある住宅や道路は昔はなかった。ただの田んぼだったと思われます。そして中央部に近付くに従い、周囲に古い農家があります。そしてさらにその先に神社がありました。村内、つまりここでは集落部ですね。そこには無数の小道がありました。おそらく農家と農家を繋いでいるのでしょうねえ。農村は今はありませんが、それらしい敷地が残っています。マンションになっていますが、古い道に沿った農家跡だと思われます。そして、実際に残っている農家風住居もあります。ここが村のメイン箇所でして、いわば集落跡です」
「それで、中世へワープしたというのは。どうなりました」
「はい、村から発する道を発見しました。四方八方に延びています。村内での道ではなく、村と村を繋いでいる道でしょう。そして、隣接する村は東西南北にあります。その方向へ向いて、狭い道が延びているのです。それを発見したのです。これは日常的には抜け道なんですが、狭いので車は通れない場合もあります。ところが、この抜け道が実は昔の本当の道だったのです。村人はこの道を通り、隣の村まで行ったのでしょう。それも実行してみました。すると見事に繋がっていました」
「それはワープとは言わないでしょ」
「そうですが、空間が全く違って見えたのです」
「なるほど」
「それらの道は、斜めに走っていることが多いようです。だから、大きな道を横切る狭く斜めから突き刺すような小道は昔の道が多いのですよ。しかも曲がりくねっています。これは田んぼに沿ったり、小川に沿ったりしたものだと思われます。田んぼも小川に沿って作られているのでしょう。そのため、小川の曲がり具合と似たようなカーブを描いています」
「もうそれでいいですか」
「もう少し、話します」
「どうぞ」
「村と村の間を結ぶ道を歩いていますと、周囲の風景が消えたのです。この場合の風景とは市街地の風景ですが、それらが一瞬消えて笹原と田んぼだけになったのです。そして遠くに鎮守の森が見え、遙か彼方に山々が」
「本当に消えましたか」
「消したのです」
「ああなるほど」
「すると、消えました」
「危ないですよ。ぶつかりますよ」
「だから、付けたり消したりしながら進みました」
「はい」
「隣村には駅があります。道の駅じゃなく、私鉄の大きな駅です。しかし、その小道はその駅前へは向かわず、昔、村落だった神社へ向かっているのです。だから、この道は鉄道が出来る前の交通網だったわけで、今ではただの宅地でですが、こちらがメインだったのでしょう。そして、そこで驚くべきことに城を発見しました。この城の発見で、中世へとワープしたと感じたのです。その城は出城のようなものでしょうか。さらにその先へ行くと、古墳が出てきました。こちらはこの地方の豪族の墓らしいのです。すると中世から古代へ飛んでしまいますよね。あはははは」
「今日は、そのへんにしてください」
「はい、ありがとうございました」
「はい次の人」
 
   了


2012年10月9日

小説 川崎サイト