小説 川崎サイト

ホラ貝

川崎ゆきお


 日曜山伏の高田が、三村にホラ貝を見せている。大きき巻き貝だ。
「吹けるのかい」
「ああ、吹ける。しかし、最近肺活量が小さくなったのか、息を吐き出すのが苦しい」
「肺だけじゃなく、老いたからさ」
「そうだね」
「山伏なのに、海の貝を吹くんだね」
「日本は大陸じゃないからね。すぐに海に出られる」
「川を下れば、出られるね。そういえば」
「川が道だったんだ。昔は」
「海の人が、山に入ったのが、山伏ってのは、どうだい」
「海の人って、漁師のことかい」
「そうそう」
「海彦、山彦だね」
「実際はどうなんだい。あんた山伏だろ」
「日曜山伏だから、よく知らない」
「僕が想像するには、昔は海路の方が早かった。移動手段として。山伏はよく移動する。だから、海との縁が強い」
「それもあるけど、この列島に上陸してきた人がいるとしよう。列島内から見ると、海を渡ってきた人なので、海の人のように見える。海彦だ。しかし、大陸では山彦だったかもしれない。だから、上陸後、山の中に入り込む」
「それが、山伏の起源かい」
「それは分からない。だが、山伏は修験者なので、生活人ではない」
「君は山伏の修行をしているんだろ」
「ああ、月に一度は山に入る。そういうチームに参加しているんだ」
「山伏って、武士だと思っていた。山武士」
「武器は持っているよ」
「山法師がいるねえ」
「あっちは、僧兵だけど、武士じゃない。武装坊主だ。ガードマンのように武士を雇うわけにはいかない。頭を丸めていないとね」
「それより、そのホラ貝、吹いてみてよ」
「ホラは吹けるが、貝は吹けない」
「年で、息苦しいからかい」
「それもあるけど、これは合図なんだ。だから、むやみに吹けない」
「練習は、ありだろ」
「ありだが、幻覚を見る」
「それは新しい使い方かい」
「息を吐き続けるとね、目の周りが白っぽくなるんだ。そして真っ白になる。白いスクリーンだ。真っ黒じゃなく、真っ白。何も見えなくなる。だからそこに幻が現れる。これを見るのが怖いんだ」
「それは、気の毒だ」
「それに、ホラ貝は魔除けでね。これを吹くと魔物が寄りつけない。だから、山の中で、一人で籠もっているとき、気が狂いそうになる。これを魔が入ると呼んでいる。だから、その魔を蹴散らす意味で、ホラ貝が吹くんだ。これは合図ではなく、魔除けとしての使い方だ」
「魔除けのために吹いてるのに、目の前が真っ白になると、怖いじゃない。そのうち、その白いところに、魔が映るんだろ。それじゃ、魔除けじゃなく、魔を招いているようなものじゃないか」
「このホラ貝は、霊場近くの土産物屋で買ったんだ。だから、持っているだけ」
「神秘的だね。山伏やホラ貝。おもしろい話、ありがとう」
「分かっていると思うけど」
「何が」
「全部、ホラだ」
「ああ」
「吹いてしまいました」
 
   了
   


2012年10月12日

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