小説 川崎サイト

偉いさんが通る

川崎ゆきお


「寒くなってきましたなあ」
「その上、今日は雨ですよ」
「小雨程度なら、傘はいらん。イギリスなんてそうだろ」
「そうなんですか。僕はイギリス紳士はこうもり傘を常に持ち歩いているってイメージがありまして」
「それは洋傘の歴史から考察しないと駄目だ。日本にも番傘がある。油紙の傘だ。それ以前は簑傘があった。肩掛けのようなものだ。まあ、藁の帽子でも良かったのだろう」
「それより、寒いです」
「夏場の雨は涼だったが、秋の雨は寒いねえ」
「ところで、どちらへ」
「あてはない」
「はあ」
「ちょいと外に出ただけ。部屋の中にいると腐るのでな。こうして外に出ている。出ているだけで十分。これが目的だ」
「はい、でも、行き先があったほうが便利でしょ」
「ああ、そうだな。私もそれで苦労している」
「行き先をですか」
「いつも同じところを巡回するのでは退屈。飽きる。だから、少しは刺激が欲しい。少しは楽しめるようなところへ行きたいのだが、そんなものは滅多にない。昨日と同じ風景が、今日も続いているような感じでな。まあ、今日は雨で、昨日とは違うが、この雨もいつか見た雨だ。特別なものではない。変わりゆく季節の移ろいだけ。まあ、それを見ているだけでもいいのだが、今一つ退屈だ」
「僕は風任せにしていますが、風の吹くままと言っても、この季節の風向きは決まっています。だから、同じ方向へ行きます。決して風任せって、気ままじゃないんですよ。決まったコースを辿っています。それで、天気図をネットで見ています。それで風向きが分かるのです。あまり変化はありません」
「じゃ、どうするね」
「左左、右右にコースを取ります。曲がるときにです」
「それは円を描かないかね」
「最初の入り方で決まります。右へ行こうとしても、右へ曲がる道がなかったりしますから。だからスタートです。問題は。だから、家の前から少しずらしてスタートするのですよ。これがコツです」
「じゃ、君も外に出ているだけでもいい人間なんだね」
「そうです。外出しただけでいいんです。外の空気を吸うだけで、もう十分です。問題はその方法なんです。適当に歩けばいいようなものなのですが、そうはいかないのです」
「苦労しているねえ。お互い様だね」
「はい、しかし、平凡に終わっても、まあいいのです。出来ればの話です。出来れば、少しだけ変化が欲しい。意外性が欲しい。そう言うことです」
「意見が合うねえ」
「目的は同じです。あとは手段です。その手段は目的ではない。だから、手段は随意なんです。何でもいいんです。最初の頃は、適当でよかったのですが、人間って、贅沢なもので、同じ手段では飽きてきます。しかし、大きな変化は望みません。何か事件に巻き込まれて、その日から嫌な日が続くとか」
「そうだねえ、刺激は求めるが、あまり影響がない刺激がいいね」
「あとは、パーソナリティーの問題です。まあ、好き嫌い、得手不得手でもいいでしょ。僕が発案した左左、右右は無機的です。これを嫌う人がいます」
「私も、それには賛同できないタイプだね。やはり物語が必要だよ」
「物語性で来ましたか」
「私は理数系は得意じゃない。文系だ。だから、人に興味がある。そのため、尾行したりする。それと分からないようにね」
「それは危ないですよ」
「そうなんだ。偶然同じ道で、同じところで曲がるなんて、何度も続くと、これは尾行になる。付け狙っているようなね。だから、二回が限界だよ。しかし、三回の方が物語性が強くなる。足取りが分かるからね。最後は駅に入ったり、自宅に戻ったりする」
「それは止めたほうがいいですよ」
「ああ、だから、二回までにしている。偶然同じ道を曲がることもあるからね。その後は追わない。それなら問題はないが、イントロだけを読む感じだ」
「どちらにしても、今日は小雨で、あまり良い外出日じゃありませんね」
「そうだね。こういう日はどう動くかを考える必要がある」
 このお二人、元はそれなりの会社の偉いさんだったのかもしれない。
 
   了


2012年10月24日

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