小説 川崎サイト



ノブの回転

川崎ゆきお



 ドアが開く寸前の音がする。ノブが回転する音で、コクンと鳴る。
 真樹雄はベッドの中で聞いている。
「またか」
 それ以上のことは起こらない。ドアはロックされているため開かない。それならチャイムを鳴らせばいいものを、それもない。
 真樹雄はこの現象に慣れたのか、もうドアを開けたりはしない。
 それはこの安マンションに引っ越して一夜目から起こっていた。
 ノブの回転箇所が引っ掛かっており、それが何かのはずみで戻る音なのかと考え、油をさしたが事態は変わらない。
 回転の戻りが悪いのなら聞こえるのは一度だけのはずだが、一晩に何度も聞こえる。
 どう考えても誰かがドアを開けようとしているときの音なのだ。
 このマンションは夜中でも出入り出来る。ドアの前まで簡単に入り込める。朝方になると新聞配達員もドアの前を通る。
 泥棒が入り込もうとしているにしては、無茶な侵入の仕方だ。
 泥棒なら毎日ノブを回さないだろう。
 このマンションに最近泥棒が入ったという話は聞かない。
 真樹雄は気になり、ずっと見張っていたことがある。毎晩コクンという音が何度もするのだから、ノブが回る瞬間を見ようとした。
 そしてある晩、コクンと音がし、ノブが回った瞬間ドアを開けた。
 しかし、誰もいなかった。
「そういうことか」と真樹雄は諦めることにした。
「あれなら仕方がない」
 その後もコクンの音は続いたが、眠っているときには聞こえないし、テレビを付けているときも聞こえない。
 聞こえるのは寝る前だ。内も外も静かになり、遠くの道路から車の音が聞こえる程度でないと聞き取れないからだ。
 その夜は、そういう夜だった。ひさしぶりにコクンを聞いた。
「まだやっているのか」と、喜久雄はそのしつこさに眉をしかめるが、どうなるものではない。
 ただ、そういう音がするだけの現象なのだ。
 既に慣れた音だけに、真樹雄は眠りの淵に落ちようとした。
 些細なこととして、ねじ伏せられる喜久雄のような人間もいるのだ。
 
   了
 
 
 


          2006年8月29日
 

 

 

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