小説 川崎サイト

ゴキブリ

川崎ゆきお


「ゴキブリもバージョンアップするのでしょうか」
「ああ、対応していくんだろうねえ」
「うちのゴキブリは最新バージョンでしょうか」
「それは知らないが、きっとそうだろう」
「去年のゴキブリ捕りでは引っかからないのです」
「それは学習したんだろうねえ。最新のプログラムになっていると見ていい」
「それは進化ですか」
「さあ、よく分からんが、ソフトじゃないかね。ゴキブリの姿は対応版とそうでないのとの見分けが出来ない。似たような形をしておる」
「そうですねえ。でも賢くなっています」
「それがどうかしたのかね」
「ゴキブリでさえ学習し、賢くなるのに、僕はそれほど進歩していません」
「それは生きるか死にかの話じゃないからさ」
「でもいい成績を上げれば、いい仕事にありつけ、いい収入を得られます。これって生きるか死にかの問題でしょ」
「食べ物さえあれば死なないさ」
「そうですねえ。だからそれほど必死で学ばないんでしょうねえ」
「ゴキブリは大勢が死んで学ぶんだ。だから高い授業料を払っておる」
「なるほど」
「ゴキブリをずっと見ておれば、身体の変化も分かるかもしれない」
「形も変わっているということですか」
「原型は同じだが、何処かが強化されたり、何処かが弱っているやもしれん。あまり使わないところは、退化するというじゃないか」
「でもかなり長い年月、見ていないと変化は分かりませんねえ」
「あの大きさがちょうどいいのだろう」
「日本人も足が長くなったじゃないですか。あれって何百年もかかったんじゃなく、みるみるうちに長くなりましたよ」
「米ばかり食べていると、腸が長くなる。だから胴が長くなる。さらに正座をしなくなれば、膝への負担が減る。生活様式が変わったからだろう」
「じゃ、洋式で育った親から生まれた子供は、足が長くなるのですか。それなら、凄く早いですよ」
「身長も伸びておる。江戸時代の人間より、背が高い」
「じゃ、短期間に進化したんだ」
「それは進化と言えるかどうかは分からが、食べ物にもよるのかもしれんな。しかし、何処かで頭打ちになる。決して伸び続けるわけじゃない」
「環境って、大事ですねえ」
「日々の生活の積み重ねが効いているのだろうねえ」
「生活習慣病もありますねえ」
「そうだねえ」
「ゴキブリも生活習慣病にならないでしょうか」
「ああ」
「いつも同じ家の残飯ばかり食べていると、病気にならないでしょうか」
「そんな心配をするのなら、ゴキブリ退治などしないことだな」
「ああ、そうでした」
 
   了


2012年10月29日

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