小説 川崎サイト

 

トトヤ道

川崎ゆきお


 日本海側の魚を京の都まで運ぶ鯖街道がある。琵琶湖を船で運んだほうが早いと思うのだが、陸路を行くメリットがあったのだろう。
 魚が山を越えて運ぶ道は日本中にあるかもしれない。
 高島は魚屋道とう道をハイキング地図で発見した。トトヤ道と呼ぶ。標高千メートルを超えていないが、その山脈は独立しており、細長い。そのため、川沿いに回り込んで運ぶより、山越えしたほうが早いのだろう。今ではハイキングコースになっているが、魚屋道は比較的低い山を越えて、山の向こう側へ下っていく。山が壁のように立ちはだかっているため、一番楽なところを越えるようだ。
 魚屋がどんな扮装で上り下りしたのは分からない。まさか一心太助のように天秤棒で桶を振り分けて山越えしたとは考えにくいが、意外と慣れた魚屋なら、出来るかもしれない。しかし、山道は狭く、幅のある天秤棒では木の枝や岩に引っかかりやすい。
 高島はその絵が欲しいと思うのだが、何処にも載っていない。鯖街道ほどには有名ではないためだ。それにただの山道で、海側の町から半日もあれば十分に行ける距離だ。だから、一日で往復できるため、宿場を必要としない。
 今は、魚屋道に沿った有料道路がトンネルで峠越えしている。
 荷物を背負って運ぶ強力のような人が、魚屋道を往復したのではないかと高島は考える。だから、普通の魚屋ではない。売っている時間より、運んでいる時間の方が長い。
 魚を入れる木の箱がある。きっとあれを重ねて、背負ったのではないかと想像する。しかし天秤棒説も捨てがたい。天秤棒使いというのがおり、天秤棒を絶妙のバランスで扱う技能者がいたはずだ。ヤジロベイのようなもので、弾力があり、慣れると箱を背負うより力がいらないのもしれない。そして、天秤棒の方が絵になる。あの姿で山をひょいひょい上り下りしている姿のほうが勇ましい。
 町興しで、何処かの団体がそれをやってくれないかと高橋は期待しているが、今では山の登り口に道標が残っているだけで、それ以外の痕跡はない。
 海側の町で、その山岳魚屋をやっていた家があれば、そこに資料が残っているかもしれない。
 その家が、後の有名な宅配業者の先祖なら、ぴたりと填まる。その場合クール宅配便の車には天秤棒を担いだ魚屋の絵が書かれているだろう。
 猫の絵が書かれた宅配車はよく見かける。しかし魚屋と猫とは相性が悪い。
 高島はハイキング地図を見ながら、そういう妄想を楽しんだ。
 
   了
 


2012年11月22日

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