小説 川崎サイト



見ていた

川崎ゆきお



「何とかせねば」
 と思いながら、岩田はいつの間にかホームレスになっていた。
 気が付けばそうなっていたのではない。徐々にそうなっていく過程を自覚していた。いや、眺めていたと言ってもいい。
 自分自身を風景のように眺める癖が岩田にはある。見ているだけで、あれよあれよと言う間に落ちてしまった。
 見て過ごしたのだろう。見たなら、何とかすべきだったのだ。
 岩田は久しぶりに都心のターミナルに現れた。独自の道をまだ見つけていないので、普通の人と同じように地下街の通路を歩いた。
 しかし岩田も自覚しており、壁際を歩いた。
 ところが壁を通過するとテナントが並び、店のすぐ前を通ることとなり、あわてて中側を歩いた。
 もう店屋に用事はない。
 岩田は人が見たくなったのだ。普通の人々が行き交うターミナルを。
 今の状態でこういう場所を歩くとどんな感じだろうかも見たい。
「よおっ」岩田と似たような男が声をかけた。
「やあ」と、答えながら、こういうシーンが現れるのだなあと岩田は納得した。
 勤め人時代はホームレスから声をかけられることはなかった。
「何処?」男は行き先を聞いた。
「さあ」岩田は答えられない。地下鉄に乗ってもいいのだが、もう少し人々の視線に慣れてからにしたい。
「縄張りとかあるの?」
「ないよ」男は淡泊に答えた。
「ここで住んでるの?」
「近くにね。見に来る?」
「いい」
 男は外に出る狭い階段に誘った。
 男は先に階段に座った。
「新米?」男が聞く。
「そう」
「ここに居着くんなら相談に乗るよ。家作りも手伝うしさ」
「親切?」
「暇だから」
「あ、そう」
「危ないよ、あんた。まだ生乾きだ。その状態が一番危ない。その気になれば戻れるからね」
「なるほど」
「もっとそれらしい服にしないと、紛らわしいんだよね」
 岩田は、このままではこの男の配下になってしまうなあと思っている自分を見ていた。
 
   了
 
 

 


          2006年9月3日
 

 

 

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