小説 川崎サイト

 

汚いおかず

川崎ゆきお


 岩田老人はいつもの喫茶店で客と話している。老人同士の会話をどう捉えるかだ。これが古老や、院政をやっている長老なら、その会話で世の中が変わるかもしれない。しかし、場末の喫茶店に、そもそもそんな偉い老人は来ない。ここで、次期総理を決めるわけではない。
「下手に刺激を与えちゃ、いけないんだ」
 客の田村が岩田老人に話しかけている最中だ。
「刺激かね」
「昨日はコンビニで弁当を買ってしまった」
「ほう、それは珍しい。いつもあなた自分で汚いおかずを作って食べていたはず」
「何が汚い」
「一度、伺ったとき、得体の知れぬ煮物、あれは闇鍋かな、それを作っておったじゃないか」
「あれは、普通じゃ」
「それより、何故コンビニで弁当を」
「高島に呼び出されたんだ」
「知らない」
「高島の話はしたことはなかったかな」
「ない」
「同級生だ」
「その高島がどうかしたのか」
 どうやら、都心部に呼び出されて、お茶をしたらしい。
「それが刺激かね」
「そうなんだ。高層ビルにある洒落た店で食事をした」
「いいじゃないか。汚いおかずを食べるより、たまには世間で普通に食べておるものを食するのも悪くはない」
「食べ物の話じゃない」
「じゃ、刺激とは何だ」
「久しぶりに出かけたので、疲れた」
「その程度の刺激なら、問題なかろう」
 田村は帰宅したのだが、ご飯がなかったらしい」
「炊けばいいじゃないか」
「それが違うんだな。外食したのは昼だ。夕食時には帰って来た。だから、そこで準備すればいいんだが、その気がなくなってしまった」
「やはり、反省しているんだな。汚いおかずだったことを。これじゃいけないと思ったんだろ」
「そうじゃない。その汚いおかずを炊く意欲が湧かない。それより、米を洗う気にもなれなかったんだ」
「何かあったのか。その高島との間で」
「つまらん話をしたり、クラシックカメラを見に行ったり、新しいビルが建って、その上に映画館が出来ていたので、その前まで上がって確認したり……」
「じゃ、なぜなんだ」
「ペースを乱されたんだ」
「おお」
「自分で作るのが面倒になった。金を出せば買えるんだからな。しかし、全部外食や弁当では金が続かん」
「もっともだ」
「後遺症だ」
「ほう」
「三日ほど、後遺症が出た」
「町に出た後遺症かい」
「そうだ。いつものペースに戻すまで三日かかった」
「つまらん話だなあ」
「繊細な話さ」
「この喫茶店に来るのは問題はないのかい」
「ああ、毎日だから問題はない。いつものペースだ。だから、来なければ逆にペースが狂う。一日が狂う」
「取扱注意人物じゃないか」
「危険物じゃないぞ」
「それで汚いおかずに戻れたのかい」
「ああ、戻れた。大根と芋を煮た。コンニャクもな」
「たまに町に出て、刺激を味わうのも悪くはないと思うが、毎日同じことばかりしていると退屈だろ」
「いや、退屈などしておらん。それに刺激も欲しくはない」
「ここで話すのはいいのかい」
「ああ、これはいつものことだから、何の問題もない」
「わしも町に出てみるかな」
「そうしろ、岩田さんも」
「後遺症が出るかな」
「出る出る」
「急に弁当を買いに行くかな」
「行く行く」
「やってみよう」
 岩田老人は単身町に出た。そして帰って来たが、後遺症はなかった。
 岩のように、何かが頑丈なのだろう。
 
   了

 


2012年11月27日

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