小説 川崎サイト

 

最中

川崎ゆきお


「少しは落ち着いたかね」
 岩崎の叔父が訪問した。
 岩崎は精神状態がおかしくなり、会社へ行っていない。
「落ち着きました。伯父さん」
「さて、どうするかだな、この先」
「やっと落ち着きましたので、これでいいかと」
「これで、っとは?」
「非常に今いい精神状態で、これならいけると」
「会社に行けるか」
「いえ、この状態だとよろしいかと」
「よろしい?」
「はい、このペースがいいかと」
「じゃ、会社へは戻らないつもりか」
「ああ、それは無理かと。もう僕の席などないと思いますし、戻っても迷惑でしょ。僕が原因で、何人か病んだようです」
「しかし、だな」
「今、平和です」
「それはいいが」
「毎日、快適です」
「じゃ、別の会社へ再就職するのは、どうかな」
「また病んでしまいますよ」
「うーん」
「この状態が一番なんです」
「しかし、何か仕事をしなくてはね」
「一人で出来る仕事、探しています」
「ああ、なるほど」
「通信教育を三つほど受けています」
「なるほど、やっておるのだな」
「はい」
「それでだ。一人で出来る仕事って、どんなのがある」
「だから、それを今、探している最中です」
「最中か」
「はい、業界ではモナカと呼んでいます」
「あの、和菓子のモナカかね」
「そうです。何かをやっている最中を、モナカと」
「うーん」
「だから、僕、今モナカをやっているのです」
「それはいいが、見つかりそうかね」
「だから、まだ、モナカです」
「ああ、分かった。健康が第一、それが元手だからね。頑張って探しなさい」
 岩崎はこの叔父から生活費の援助を受けていた。
 三ヶ月後、再び叔父が訪ねてきた。
「どうかね」
「モナカです」
「そのモナカを買ってきた。江戸屋のモナカなので、アンコがいい」
 岩崎は包装を外し、蓋を開ける。
「十個も入ってますよ」
「ここで私が二つ。お前が二つ食べる。すると六個しか残らん」
「まだ、六個ですよ」
「一度に二つ食べる。すると三日分だ。従って食べきれる量だ」
「なるほど、一人で十個は食べられないですからねえ。ゆっくりだと賞味期限になってしまいますよ」
「だから、十個は多くはない。分かったな」
「はい、伯父さん」
 この伯父さん、この十個入りモナカを、何かのたとえ話にして、説教を試みようとしていたのだが、その筋書きを忘れてしまったようだ。何処で、賞味期限の話になったのだろうか。
 甘い物を大量に食べると、血糖値が上がったり、糖尿病になったりする。このあたりから説き起こそうとしていたのだが、失敗したようだ。
 甥の就活と血糖値、糖尿病。生活習慣病を、うまく繋げなかったようだ。
 
   了


2012年11月30日

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