小説 川崎サイト

 

鬼の踊り場

川崎ゆきお


「逃げ遅れた鬼がいるんですが、これは妖怪でいいんでしょうか」
 妖怪博士付きの編集者が質問する。
 妖怪変化が出る寺があり、夜中、本堂や境内など、至る所に妖怪が出没し、騒いでいるという。寺の住職は別棟に住んでいる。だから、その噂があるので、決して深夜は起きないで、眠っている。
「そんな妖怪がちょろちょろしておるような寺などないだろう」
「そうなんですが、そういう怪談があるのです。怖い話として」
「それで、鬼がどうしたって?」
「あ、はい。それが本題で、鬼が逃げ遅れたのです」
「どこから」
「寺からです」
「夜明けを知らないで、騒いでいたわけか」
「ご名答です」
「中国などでよくある怪異談だ」
「そうだと思いますが」
「しかし、何故鬼なんだ」
「雑多な種類の妖怪の中に、鬼も混ざっていたようなんです」
「鬼神は語らずよ」
「何ですか、それ」
「聖人は鬼とか、あの世とかを語らぬものでな。この世が分からぬのに、あの世のことまで分かりようがなかろう」
「ああ、先ずは足元を固めてっという話ですか」
「それもあるが、想像上の話など、しないということよ」
「ああ、なるほど、じゃ、先生は聖人にはなれませんねえ。ずっと妖怪を語っているのですから」
「それより、その鬼だが、どうなった」
「それが行方不明になりました」
「逃げ遅れた鬼が行方不明。しかし、誰が見たんだ」
「住職です。もう朝方なので、起きたところ、鬼が本堂で踊っていたのです。朝が来たのに気付かないで。他の妖怪達は日の出前に消え失せたのに」
「住職が起きたのは何時だ」
「白みかけた頃でしょう。まだ日は昇っていないと。いつもその時間に起きて、厠へ行くようです」
「別棟に住んでおるのだろ。住職は。どうして本堂へ」
「別棟内に厠はあります。住職は音で気付いたようです。どんどん板敷きを踏む音を。その音が本堂から聞こえてくるので、覗いてみると、鬼が踊っていたようです。さすがにケダモノだけあって勘が鋭いのでしょう。住職の気配を察し、踊りを辞めました。そしてキョロキョロ辺りを見回し、朝になっているのに気付き、境内へ飛び出し、そのまま藪の中に消えたようです」
「少し待ちなさい。彼らは夜明け前に消えるのだろ。だったら、足を使わなくても、消えて逃げればいいじゃないか」
「白みがかっていました。明るいのです。それが原因で消えられなかったのでしょ。だから、足で走って逃げるしか」
「何処へ」
「さあ、それは分かりません」
「鬼踊りか」
「いますか、そういう妖怪が」
「鬼の踊り場だな」
「はい」
「舞台だよ。その本堂の板敷きは」
「そうなんですか」
「稽古をしていたのかもしれんなあ。それで夢中になって」
「そういえば、住職も、夜明け前、たまに板敷きを踏む音を聞いたことがあるとか。それはまだ深夜なので、もっと大勢の魑魅魍魎がいる時間帯なので、決して目を開けないらしいです」
「きっとその逃げた鬼というより、消え遅れた鬼は境内の何処かに忍び、夜になるのを待ってから消えたのだろうなあ。よく分からんが、夜の時間帯でないと、移動出来んのじゃろ」
「はい」
「しかし、それは推測だ。それよりも問題はその住職だな。答えは全て、この住職の中にある」
「どうしてですか」
「妖怪が百鬼夜行しているような寺などないからだ。当たり前の話ではないか」
「まあ、そうなんですが、その住職は、そういうイメージを見たというのです」
「イメージを見た?」
「はい」
「静止画のイメージ画ではなく、動画か」
「はい」
「長いのう」
「そうですねえ」
「では、住職の体験ではないのか」
「そうです」
「じゃ、明け方に見た夢のようなものか」
「そうとも限らないようです」
「ほほう、君も分かってきたようだな」
「はい、長く先生と付き合っていますと、徐々にこの仕掛け、分かってきます」
「つまり、物語を読まされたのかな」
「そうです。SNSのようなものです」
「何だ、それは」
「ソーシャルネットワークサービスです」
「じゃ、妖怪社会と繋いでおったのかい」
「電波系ですよ。先生。電波の小包を受けて、開いたのでしょう」
「じゃ、その住職は、そういうサービスに参加しておったのかい」
「参加というか、繋がりやすい場所にいたんじゃないでしょうか」
「まあ、昔なら夢のお告げと言うことか。正夢のような」
「住職は知らないうちに、妖怪ネットのニュースフィールドを読まされていたんです。断片的に。それを流し読むと、鬼が逃げ遅れて難儀した、等のログが流れたんじゃないでしょうか」
「うーむ」
「これで決まりですよ」
「しかし、そういう住職がいたらの話だ。だから、言っておるではないか。答えはその住職の中にあると」
「住職の正体ですか」
「そうじゃ」
「何でしょう。その住職」
「きっと無人の寺なんだろうなあ」
「ああ、そっちへ持っていきますか。なるほど」
 
   了




2012年12月2日

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