小説 川崎サイト

 

北風小僧

川崎ゆきお


「北風小僧は何処からやって来るのでしょうか」
 いつものように、妖怪博士付きの編集者が聞く。他に聞くことがなかったのだろうか。
 しかし、北風小僧が気になったのは、きっと北風が気になったためだろう。実際には北方向から吹いてきているとは限らないが。
 つまり、この編集者は、寒かったのだ。
 そして、寒い風についての気象情報を妖怪博士に聞くのは何なので、それに小僧を付けて、妖怪としたのだ。
「北風小僧は妖怪かな」
「の、ようなものだと思いますよ。だって、人の姿じゃないですか。それに子供ですよ」
「それは、子供は風の子と同じ意味じゃ」
「はあ」
「親が風などあり得ん」
「そうですねえ。じゃ、北風小僧の正体は何でしょうか」
「急に言われても困る」
 妖怪博士は、しばらく間を置く。
 そのしばらくが経過したが、博士からの音はない。音沙汰なしだ。
「うむ」
「お日様と北風と関係しませんか」
「あれは、イソップだろう」
「だから、イソップ物語が日本にも入ってきて」
「いつ」
「大航海時代の安土桃山時代には来ていたのかもしれません」
「イソップ寓話は古い。大変に古い」
「でしょ、だから大航海時代以前にも、大陸から伝わってきたかもしれません。漢文訳とかがあったんじゃないですか」
「精霊系なら地球上至る所にある。樹木の幹に顔、枝が手になっていたりする。森の精とかな。風にまつわる精霊などいくらでもおる」
「では、北風小僧は」
「悪戯小僧と同じじゃ。妖怪では豆腐小僧が有名かな。要は小僧を付ければいいんだ」
「じゃ、ねずみ小僧や弁天小僧もですか」
「そうそう、そういう使われ方じゃ」
「じゃ、妖怪とは関係はないのですね」
「小僧は小生意気で、大人より強いことがある。しかし、相手はたかが小僧じゃ、まあ、小僧がやることなので、仕方なしという面もある。冬になれば冷たい風も吹くだろう。致し方のないことなのだ」
「じゃ、北風小僧がやってきても、諦めるって、ことですね」
「そうじゃ、諦めやすい」
「北風小僧はどこから来るのでしょうか」
「北からじゃ」
「まあ、そうなんでしょうが、その立ち現れ方ですよ。小僧の登場の仕方です。スタート地点です」
「気象庁に聞け」
「そうじゃなく先生、小僧の姿をしているわけですから、その姿を見た人もいるのでしょ」
「そんな姿、見た人ならおらんだろ」
「ああ、言い過ぎました。固有のキャラじゃないのですね。形のある」
「そうじゃ」
「しかし、僕は北風の吹く方面から、北風小僧が歩いてくる姿が見えるのですが」
「精神内科へ行け」
「いえ、実際に見たら怖いですが、イメージですよ。イメージ」
「そのイメージを絵師が書いたとしよう」
「はい」
「その絵があれば、妖怪北風小僧の誕生となる」
「雷さんじゃないですかね。小鬼のような」
「何じゃそれは」
「風邪薬のコマーシャルで見たことがあります。あれがきっと北風小僧なんですよ。だから、あの小鬼が歩いているシーンを連想してしまうのです」
「風は歩くのかね」
「風の通り道がありますから。道はやはり歩くでしょ」
「海の道もあるぞ」
「まあまあ、先生、そう責め立てないでください。本来なら先生が無茶な話をやり、僕がなだめる方なんですから」
「風向きが変わったのじゃ」
「そんなことで、いいのですか」
「ああ、こんなもの、適当でよろしい。北風小僧など、吹けば飛ぶような話じゃ」
「でも、今日は寒いです。帰り道、北風小僧がウジャウジャ歩いていそうです」
「気をつけてな」
「はい」
 
   了



2012年12月11日

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