小説 川崎サイト

 

妖怪のいるバイト先

川崎ゆきお


 バイト先を転々と替えている高島は、相談員に相談した。
 相談員は白髪のお爺さんだった。その施設にうまく入り込めたのだろう。この相談員は、従って、もう相談する必要はない。職を得ているからだ。
 白髪相談員は会社の重役だったようで、恰幅がある。という風に高島にも見えた。バイトばかりなので、上位の人と接する機会はなかったが、それでも、何となく雰囲気で分かる。多くを体験し、いろいろな上司や部下を見てきた人だ。高島は、この人に悩みをぶつけてみた。
「普通がない」
 白髪相談員は、興味を抱いた。
「普通がないとはどういうことですか」
「普通の人がほとんどなんですが、いるのです」
「いる」
「普通の人の中に、混ざっているのです。僕は普通の職場で、普通に働きたいのです。その範囲内でなら、何の問題もありません。普通の職場で、普通の人たちと」
「何が混ざっているのですか」
「普通じゃない人がいるのです。妖怪です」
「普通と妖怪。これは飛びすぎですねえ」
「すぐに分かります。それがいないように願っているのですが、どのバイト先にもいるのです。それがいなかったバイト先では長続きしました。しかし、赤字か何かでつぶれました。そこにはいませんでした。妖怪が」
「ではバイト先を転々とするのは妖怪がいるからですか」
「そうです」
「どのような妖怪ですか」
「理解できない仕打ちを受けます」
「それは、あなたには責任のないことで?」
「そうです。普通なら、そんな言いがかりを受けないはずなんですよ。僕は普通にやっています。でも暗黙の何かがあって、それに触れるようなんです。これって、空気を読むってことだと思うのですが、僕には読み切れません。その人はベテランのバイトで、ヌシのような人です。ヌシすなわち妖怪ですよ。池のヌシのような」
「要するに職場での人間関係なんですね」
「そうです。どの職場も普通じゃないんです。これって、おかしいと思いません」
「まあ、それぞれ事情があるのでしょうねえ」
「それって、書いてないんです」
「ああ、まあ、そうでしょうねえ」
「どうしたらいいのでしょうか」
「人と触れる機会の少ない職種ならいいんじゃないですか」
「それは寂しいです。やはりいろいろな人の中で仕事がしたい」
「人は嫌いじゃない?」
「はい」
「じゃ、あなたはきっと社長タイプなんですよ」
「そんな柄じゃありません」
「柄ですか。柄」
「柄というかタイプです。それにそのレベルに上れませんから。要するに僕は普通なんです」
「普通ですか」
「標準的なんです」
「それが一番難しく、そしてほとんど存在しないタイプですよ」
「え、普通が一番多いんじゃないのですか」
「標準が一番少ないのです。だから、標準に合わせようにも、標準的な人などほとんどいないのですから、特殊な人たち相手、ということになります」
「じゃ、みんな特殊なんですか」
「特殊は言い過ぎでしょうが、まあ、あなたが思っているような標準タイプは、逆に特殊となりますかな」
「意味が分かりません」
「最高の美女とは、一番標準的な顔です」
「ああ」
「体型もそうです。そして誰もが、そこからずれている。そのため、標準に少しでも近い人が美男美女で、スタイルのいい人になります。しかし、まだ完璧な標準ではありません」
「そうなんだ」
「だから、あなたは存在しない標準を求めすぎているのです」
「じゃ、普通はないのですね。普通の職場も」
「あなたのいう普通の職場があるとすれば、それは機械でしょうねえ」
「ああ、ロボットやオートメーションのような」
「しかし、職場に嫌な人が必ずいる。これは何でしょうか」
「きっとその人は、あなたのことが嫌なんでしょうねえ」
「それはキツい」
「それはまあ冗談ですよ」
「今度またバイト先を見つけましたが、どうすればいいのでしょうか。妖怪がいる可能性は大です。ほとんどそうでしたから」
「私は妖怪封じのお札は発行できません」
「僕が我慢すればいいのでしょうか」
「それが出来ないから転々としているのでしょ」
「まあ、そうです」
「そんな妖怪さんがいらっしゃるのなら、かわいそうなご病人さんだと思うことでしょうねえ。哀れんでさしあげなさい」
 何となく、この白髪相談員が怪しくなってきた。
「あなたも」
「え」
「あなたも普通じゃない」
 高島は席を立ち、退散した。
 
   了



2012年12月22日

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