小説 川崎サイト

 

黒川郷

川崎ゆきお


 この村は妙な村だが、別に神秘が潜んでいるわけではない。古くから黒川郷と呼ばれているが、同族性は低い。そのほとんどが他から来た人たちだ。
 山をいくつも超えないとたどり着けない僻地なので、逃げ込むには都合がいい。
 だから、他で都合が悪くなった家族などが移り住んだのではないかと考えられている。
 余所者の集まりでも何世代かを経過するうちに、同じ郷の者としてそれなりの共同体となるのだろう。
 さて、妙な村ということだが、それは各戸にある。昔から比較的大きな家に何世代もが住んでいる。暮らしている。
 ちまちまとした農家が散らばっているのではない。
 屋敷は大きいのだが敷地は大したことはない。狭い場所なので間隔が狭いのだ。
 それが妙だということではなく、その家の中が妙なのだ。
 これは黒川造りと呼ばれる様式らしく、母屋に入るとすぐに広い板敷きがあり、そこに仏壇がある。奥ではなく、目立つ場所にある。だから、いきなり仏間があるような感じだ。ここは応接室でもあり、リビングでもある。
 その仏壇が非常に大きい。知らない人が見れば、ここはお寺ではないかと思うだろう。
 この建築様式は他の家でも同じだ。だから、仏壇郷とも呼ばれている。
 最大の仏壇は田丸氏宅で二階部分もぶち抜いた高さの仏壇だ。こうなると檀ではなく部屋だ。しかし、これは観音開きとなった巨大な箱で、あくまでも個人所有の仏壇だ。その規模は中程度のお寺の沙弥檀に匹敵するが、昔から規制があり、私寺にするには手続きが面倒というより、僧侶でないとだめなのだ。
 この辺の人は寺には興味はない。仏壇に興味があるのだ。
 なぜ、このような大きな仏壇を作ったのかというと、それは家格争いによるらしい。
 仏壇が立派な家は家格が高くなる。家格が高いので仏壇も立派ということではなく、仏壇が立派だと家格が高く見られるということだ。
 仏壇の中央に立っているのは巨大な位牌だ。まるで川船を立てたような。
 黒光りするこの巨大な位牌は、漆塗り代だけでも大変だろう。その天井から垂れている金具なども高価なものだ。それだけ財があるということを示している。家格に対する投資なのだ。
 最初から、こんなに大きな仏壇を全戸が持っていたわけではない。徐々に大きくなっていった。競争で。
 それは、最初触れたように、大きな一族がこの村を開いたわけではなく、寄り合いなのだ。他所から流れてきた家ばかりなので、どこが本家どこが分家などの違いはない。同じなのだ。同格なのだ。
 耕地面積は狭く、木材資源に特に恵まれているわけではない。この仏壇を飾るだけの財の出所が不明だ。
 酒を造る杜氏として出稼ぎに行っていたというのが一応表向きの理由だが、実は盗賊団だったのではないだろうか。
 非常に妙な村だが、当然、黒川郷は実在していない。
 
   了


2012年12月27日

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