小説 川崎サイト

 

ピノキオ人形

川崎ゆきお


 斜面は山の裏にある。北側だ。沼があり、笹が生い茂り、湿気がありそうだ。葉の広い笹のトンネルような小道を妖怪博士は登っていく。その先に見える小さな洋館。とあるご隠居さんの別荘だが、老後はここで暮らしているようだ。
 ブロック塀ではなく石組みの塀は苔が程良くついている。灰色の石に緑に加わり、その辺の石と似たような色となっている。これを同化というのだろうか。
 隠居さんは妖怪博士の顔を見て、にこにこする。
「お元気でしたか」
「ああ、元気かどうか、その基準が分からんようになっとるが、博士は元気そうじゃな。ここまで歩いてくるんだから」
「車がないので」
 妖怪博士は定期的に、この洋館に来ている。幽霊屋敷なのだ。
「どうですか、最近は」
「まだ出ます」
「出ますか」
「何か幽霊封じのようなものはないのですかな」
「前回はヤモリでしたか」
「鰐のように大きなのが窓にへばりついていました」
「その後は」
「消えました」
「で、今回は」
「ピノキオ人形です」
「動きますか」
「はい、動きます」
「見せてもらえますか」
「どこかへ行きました。姿を消しました」
「ピノキオ人形とは、どんな人形ですかな」
「はい、木の人形です。関節が曲がります」
「どんな動きを」
「歩いたり飛んだりします」
「はい」
「妖怪でしょ。これ」
「まあ、そうでしょうなあ」
「幽霊でしょうか」
「人形物ですから、それは憑依物ですかな。西洋木彫り人形なので、これは洋物です」
「アトリエの道具箱に仕舞っておいたんですが、きっとそいつです。最近絵は書かないので、あの部屋へ滅多に行かなくなりました」
 隠居さんは画家ではない。趣味で絵を書いていたのだが、すぐに飽きてやめている。
「ちょいと失礼」
 と言いながら、妖怪博士はアトリエへ行き、道具箱からピノキオ人形を取り出す。
 そして、戻ってくる。
「ああ、いましたか、ピノキオ君」
「これは操り人形ですなあ。ほら、ここに糸を通す箇所があります」
「そうじゃったか」
「どこで手に入れられました」
「ベルギーへ仕事に行ったときに、子供の土産に買ったんだが、渡す機会を逸した」
「息子さんは、ご健在ですか」
「しばらく会っておらんが、元気じゃ。孫はたまに遊びに来る。この化け物屋敷を見にな」
「そのほか、何かありますか」
「椅子が動きよる」
「はいはい」
「これはどう説明する」
「動くんでしょうなあ。馬も四つ足、椅子も四つ足で」
「ああ、なるほど」
「他には」
「沢山あったが、忘れた。そのうち思い出す」
「はい、また、次に来たときに話してください」
「博士」
「はい」
「最近どうじゃ」
「ああ、まあまあです」
「妖怪退治は大変じゃろ」
「まあ」
「活躍を期待しておるぞ」
「はい、ありがとうございます」
「うん、今日はこれでいい」
「では、失礼します」
 屋敷を出るとき、執事の姿をした使用人が封筒を取り出した。
「領収書、お願いします」
「いつものように、上様でいいんだね」
「はい」
 妖怪博士は、笹の道を下る。
 こういうお得意さんのおかげ、何とか食いつないでいるのだ。
 
   了


2012年12月29日

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