小説 川崎サイト

 

一人参謀と花壇

川崎ゆきお


 パソコンモニターが一瞬白くなった。
 竹田はさっとマウスを動かす。白い画面から復帰する。
 喫茶店内で、じっとしてたためだ。省エネ機能で休止モードに入りかかったのだ。
「ぼんやりしていた」
 何かを思い出していたのだが、明快なものではなく、印象に残らないような夢を見ていたようなものだ。
 喫茶店へ来るまでの道を思い出していたように思う。道沿いの何かだ。そこで見た何かから連想されたものを思い出していたに違いない。そのため、沿道の話ではなく、そこから飛んでいる。
 店内には静かな音楽が流れている。ピアノ曲だろうか。聞いたことのない曲だ。それだけに、思い入れがない。何も連想しない。だから、邪魔にならないのだろう。
 ピアノ曲も静かだが、客も静かだ。斜め横の老人は文庫本を読んでいる。その隣はイヤホンを耳に当てていることから、音楽でも聴いているのだろう。
 竹田は、さらに首を動かすとケータイを見ている女性。ペンを持ちメモ帳に何かを書いている女性。プリントを見ている男性。等々が目に入る。
 竹田は何をしているのかというと、パソコンに反省文を書いている。業務日記のようなものだ。つまり、一人参謀会議中。
 仕事のことを考えないといけないのに、ここへ来るまでの道すがらのことを思っていたのだ。
「思い出した」
 それは小学校前を通ったとき、校舎を見たのだ。その道は学校の裏側にあり、教室内が見える。鉄筋三階建ての校舎だ。
 粗い網のフェンスと校舎との間に余地がある。申し訳程度に椿の木がぽつんぽつんとある程度だ。
 校舎の端から二番目の教室。その二階。そこは竹田が小学校五年と六年にいた場所だ。木造校舎が鉄筋になったが、同じ場所だ。
 そして、その余地は学級の花壇だった。掃除当番のように花壇当番があり、竹田も付き合わされた。花の種や野菜を育てていたように記憶している。その水やりを放課後やっていた。
 隣のクラスの花壇との比べ合いのようなものだ。竹田はそういう草花には興味がなかったので、薄い思い出だ。
 パソコンモニターが白くなりかかるまで、それを思い出していた。つまり、そのとき竹田は小学生になっていたわけだ。
 そこから復帰し、マウスを動かした。そして、業務日誌の画面に戻ったわけだ。
 さてそれで一人参謀会議に戻るわけだが、書くことがない。それで参謀は別のことを考えてしまったのだろう。それがあの小学校だ。
 あの花壇跡は、今は余地で、何もない。椿の木と雑草が生えている程度だ。
「待てよ」
 竹田は一瞬閃いたが、すぐに消えた。これを何かに生かせないかと考えたのだが、接続はすぐに切断された。一瞬白く光っただけで、あまり役に立つようなヒントは得られなかった。
 
   了


2013年1月24日

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