小説 川崎サイト

 

ミカン

川崎ゆきお


「柵が取り払われている」
 高橋は曜日を確認した。平日だ。
 自転車置き場前の柵は膝ぐらいの高さのポールにロープを張ったものだ。ここは自転車置き場ではないが、ちょっとした空きがある。余地だろう。この結界が開くのは土日祭日に限られている。
 高橋は自転車置き場を見る。
 かなり多い。仕切の鉄柵の外まで一台か二台はみ出している。枠外だ。いつもなら、混んでいてもその枠外が補助席のように残っているので、そこに止める。しかし、一台か二台だ。三台目になると通行の妨げになる。
 高橋は買い物を終えた人が自転車に向かうのを発見し、その自転車が抜けるのを待ち、ようやく止めることができた。
「何事だろう」
 ショッピングセンターのドアを開け、少し歩くとスーパーが見える。その通路に屋台のようなものが出ている。いつもの通路脇にある屋台ではなくど真ん中だ。
 野菜や果物が並んでいる。
「安い」
 さらに前方を見ると幟が立っている。バーゲンのようだ。
 それで客が多く来ると予想し、自転車置き場は拡張したのだろう。これで謎が解けた。
「ミカンか」
 屋台の台の上はミカン色に染まっている。一つ売りもあれば網パック入りもある。また、自分でビニール袋に入れられるだけ入れても値段は変わらないコーナーもある。
「ミカンか」
 確かに安いが「ミカンか」だ。
 そして平日にしてはやはり客が多い。自転車の数と比例する。
「ミカンか」
 高橋はミカンを既に買っており、一日一つずつ食べているのだが、食べ切れていない。酸っぱいからではない。安いが甘い。だから、そのミカンが問題なのではなく、食べるのが面倒になったからだ。
 皮をむき、白いスジのようなものを爪で取り、そして食べるのだが、その行為が邪魔くさい。それだけではない。あらかじめティッシュを用意し、その上に乗せないとだめだ。これも面倒だ。
「ミカンか」
 非常に重大な決断に迫られているわけではない。
 しかし、意外とこういうどうでもいいことで悩ましいのは平和な話だ。
 
   了
 


2013年1月31日

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