小説 川崎サイト

 

鬼門寺

川崎ゆきお


 妖怪博士は野暮用の帰り、寄り道をした。郊外の小さな町だが、それなりに古い。街並みが人慣れしている。長く使い込んだ道具や衣類のように。
 そこへこれまた使い込んだような女性が歩いてくる。高齢の女性だ。
「少し迷いましてねえ。道を教えてもらえませんか」
「ここのものではないので、詳しくないのですが」
「さようですか」
「どちらへ」
「キモンジです」
「鬼門寺? ちょっと分かりません」
「さようですか」
 高齢婦人は去って行った。
「鬼門寺」妖怪博士は、このあたりの寺社はそれなりに知っている。だが、この町にそれほど有名な寺はない。
 鬼門に当たる寺ではないかと考えた。この場合、何処から見て鬼門に当たるかだ。偶然そこが鬼門になり、偶然か作為的に寺を建てたのかもしれない。鬼門への押さえだ。
 たとえばこの辺りに城があり、そこから見て鬼門に当たる方角に何かを置いたとかだ。
「すみません」
 また、高齢女性が声を掛けてきた。
「キモンジは、この辺りでしょうか」
「大きなお宅だと聞きました」
 妖怪博士は場所が分からないので、教えられなかった。
 この町は平野部にある。それだけに寺社がありそうな場所が掴みにくい。こういう場合、古そうな小道を見つければ、その沿道にあることが多い。または、川を見つけ、その橋に手がかりが残っていたりする。
 しかし、そんな手間を掛けなくても、少し歩いたところに公園があり地図パネルを発見した。
「ない」
 鬼門寺の名前がない。しかし、寺は一つだけ記されている。狭い範囲の地図なので、歩いて行けそうだ。
 その寺の別名が鬼門寺かもしれない。
 幅の狭い川に沿って進むと、橋がある。その欄干がいかにも寺と関係している。こんもりとした繁みが橋を渡ればすぐに目に入った。
 門は閉まっており、入れない。個人住宅に近い寺だ。
 しかし勝手口が開いている。そこを潜ると境内というよりも狭い庭に出る。子供が本堂の階段に腰掛け、携帯ゲームをしている。
「ここが鬼門寺かな」
 子供は意味が分からないらしい。一瞬顔を上げたが、すぐにゲームに戻った。
 二人の高齢女性が鬼門寺を探していた。妖怪博士は知らないが、何人かに聞けば分かるだろう。だから、ここに来ているはず。そうでないのなら、ここは鬼門寺ではない。
「鬼門寺を知らないかい」
 子供はゲームをしながら首だけかしげた。
 大人に聞いてみるべきだろう。
 本堂の横に普通の家の玄関がある。
 既に闖入者として妖怪博士は発見されていたのか、玄関を開けるまでもなく、坊さんが出てきた。
 妖怪博士は鬼門寺について聞いた。
 坊さんは知らないらしい。
「鬼門とは、亡くなった方とも関係します。鬼門に入ると言いますでしょ。しかし、鬼門寺は知りませんし、このあたりにある寺は、ここだけです」
「この寺の別名を鬼門寺とは呼びませんか」
「呼びません」
 妖怪博士は勝手口から外に出た。
「だから、閉めておきなさいと言ったでしょ」と、後ろから声。
「はーい」と、子供の声。
 勝手口がパシャリと閉まった。
 あの二人の高齢女性は、死にかかっており、今まさに鬼門に入ろうとしていたのではないだろうか。
 もしそうなら妖怪博士は幽霊を見たことになる。いや、まだ死んでいないのなら生き霊だ。
 しかし、その二人は普通の外出着だ。寝間着やパジャマではない。それに昼間から出ないだろうし、あちらの世界へ通じる門を分からないで探すようなことがあるだろうか。案内不足だ。そういう場合、死神か何かが先導するのだろうか。
 野暮用で来た、その家に、妖怪博士は戻った。
 その人は妖怪に関する古文書が出てきたので、見てくれというものだった。江戸時代、ここの庄屋が妖怪を見たことが記されていた。それはよくある狐か狸の悪戯で、鬼火が出たと書かれていた。
 妖怪博士は鬼門寺について聞いてみた。
 老人は知らないらしいが、奥にいた婆さんが「それは貴紋磁」だよ。と教えてくれた。
 町外れの陶芸家宅で即売会があるらしい。そのブランド名が貴紋磁で。貴紋焼きで有名らしい。自然に現れる紋様が評判とか。
 
   了

 


2013年2月2日

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