小説 川崎サイト

 

竹藪の女

川崎ゆきお


 竹田は竹藪が怖い。竹田なので竹藪とは親しい関係のように見えるため、自分でも竹は味方だと思っていた。
 昔話の竹取の翁のように、竹で生計を立てている一家に生まれ、ずっと家業を見て暮らしていれば別だが、竹田の親もその親も竹とは関係のない普通の勤め人だった。祖父の出身地も竹とは関わっていない。だから、竹田は竹とは無縁の関係だ。しかし、竹をそれなりに意識している。
 竹藪が怖いのは、竹が怖いのではない。竹が何本も生えているような場所が怖いのだ。
 それは小学生の頃の遠足まで遡る。バスで遠足に行き、トイレ休憩でバスに降りたその近くに竹藪があった。トイレの裏側だ。
 トイレ休憩は三十分。その間、遊べる。それでその竹藪へ入っていった。すると、先に竹藪入りをしていた別のクラスの生徒が走ってきた。何かよく分からない。
 バスの中で、口裂け女のようなものが出たと、噂が立った。
 竹田は口裂け女は見なかったのだが、長い髪で長いワンピースで、真っ赤な口紅を付けていたらしい。口は裂けていなかった。
 竹田はその夜、竹藪の女を見た。夢でだ。
 その竹藪だが、トイレ休憩が目的であり、すぐに戻らないといけない。竹藪は遠足コースには入っていない。だから、入らずの藪へ勝手に入ったのだ。
 確かにその竹藪は広くて薄暗かった。下手をすると迷子になる。八幡の藪知らずという昔の迷路がある。それに近い。何処を見ても似たような場所になる。それで迷うのだろう。
 竹田はほんの数十メートルだけしか入り込んでいない。だから、振り返れば駐車場のトイレが見えた。
 そして、竹藪の奥まで入り込む勇気がなかった。足を踏み入れてはいけないような、そんな雰囲気がした。
 その後、竹田は竹藪に立つ女を思い描いた。竹藪のイメージは記憶としてある。だが女の記憶はないので、何処かで見た口裂け女の絵を参考にして貼り付けたのだろう。合成だ。
 それがいつの間にか一枚の絵となり、竹藪と女とがしっかりと一枚物になってしまった。
 今でも竹藪に入ると、その女の絵が出る。幻覚ではなく、口裂け女の絵をレイヤーのように重ねているだけのことだが。
 竹田は竹藪は怖いが、懐かしくもあるらしい。
 
   了
 

 


2013年2月3日

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