小説 川崎サイト

 

怪談話

川崎ゆきお


 怪談をするには雨の日がふさわしいようだ。雪でもいい。要は外で用事ができないことで、仕方なく屋内で雑談をする機会が生まれる。しかし、それは昔の話だ。雨の日、出かけようとしても、道がぬかるみ、歩きにくい。はねで泥が着物に付く。夏なら裸で出た方が楽だろう。
 雨の日は空が低い。また遠くまで見渡せない。視界が狭まっている、
 昔の農家なら雨の日は野良仕事はしない。今はビニールハウスでその問題がなくなっていることもある。さすがに水田で米を栽培する場合、ビニールハウスは無理だろうが。
 雨で足を止められる。そんなとき、全ての会話が怪談ではないものの、そういう天候の時の方が効果的なのだ。
 前田は今の人だが、怪談が好きだ。その日、雨で外での仕事ができないため、それがやむまで仲間と雑談していた。
 また、仲間からもそれを期待されている。だから、そろそろ出るぞと、前田を囲んだ。
 前田はもうほとんどの怪談をやり尽くしていた。しかし、怪談を披露する機会があるため、怪談を何本か仕入れ、それを仕込んでいた。本やネットから得たネタを仲間の趣味に合わせながらアレンジまでしていた。客層に合わせるわけだ。
 しかし、そのネタも切れ、最近はあまり受けない。
 前田は色々な人から聞いた体験談を語っていたのだが、一つだけ喋ってはいけないと念を押されている怪談がある。
 それだけは語るまいと決めていたのだが、その怪談を話してくれた人は、結局は話したのだから、必ずしも禁じ手ではないだろう。それに何人かの前で、その怪談をした。その人の体験談だ。本人が喋るのはいいのだろうか。
 幽霊の話をしていると霊が集まるとい言う。その幽霊の話をすれば、その幽霊が出てくるとなると、その幽霊も忙しい話だ。
 複数の場所で、その幽霊の話をすれば、何処へ現れるのだろう。分霊が配送されるのだろうか。
 雨は降り続いている。仲間達は待機中だ。前田は期待されている。もうみんなはその気で取り囲んでいるのだ。今まで雑談していたのだが、それも尽きたようで、いよいよ前田の出番だ。
「それは高校時代学校の先生から聞いた話なんだけど、その先生は将校でね。といっても少尉だけど、剣術が得意なんだ。場所は中国、そこで……」
「雨がやんだね」
「ああ」
「行くか」
「そうだね」
 前田の怪談はそこで中断した。
 やはりこれは話してはいけない怪談だったと、前田は理解した。
 
   了

 

 


2013年2月8日

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