小説 川崎サイト

 

寺社迷い

川崎ゆきお


 これは寺社迷いという妙な話だ。当然そんなことは起こるわけではない。しかし、幻覚や錯覚だったとしても興味深い。
 市街地にある大きな寺だ。境内も広い。由緒正しい大寺院で、国宝の塔もある。
 昔はその数倍の広さがあったはずだ。
 寺社迷いに遭った高橋は、特に信心深いわけではない。観光名所としても名高い寺なのだが、年寄り臭いので、滅多に行かない。
 ただ、用事でその近くを通ることもあった。ただし境内には入っていない。
 今回はどうした弾みなのか、その寺へ参りたいと思った。近場で行っていない名所は、この寺だけになったためだろう。つまり、ネタが切れたので、この寺にでも行ってみようと思っただけで、その寺に興味があったのではない。
 だから、信仰心からではなく、ただの観光、物見遊山だ。しかし、遊山と言うほど大げさなものではなく、ただの散歩だろう。
 地下鉄の駅名からして、既にこの寺名だ。
 地上に上がるが寺は見えない。よくある市街地が続いている。目印は何もないが、地下鉄出口の表示で、寺への矢印があったので、その階段を上がった。
 上がったはいいが、そこからの道が分からない。
 どちらが北か南かを確認しているとき、三人ずれの老婆の後ろ姿を発見する。
「これだな」
 高橋はその後を付いていった。きっと寺参りだろう。時刻は夕方前。夕日はまだ出ていない。
 老婆達は確実に寺に向かっているらしく、角で細い道に入った。これは昔からあった道で、狭いがその沿道に古い民家があり、しかも土産物を売っている。正解だ。
 あとは順路通りを見学した。特に見るべきものはないが、市街地のど真ん中に聳える五重塔はさすがに異様だ。
 寺としては普通だが、その塔を異様だと感じるのは、その背景に高層ビルが見えるためだろう。その時代差に驚くのだ。といって、びっくりするほどのことではない。
 本堂か、講堂かは分からないが、一階建てなのに背が高く、遠くから見ると屋根が壁のように迫ってくるのも迫力があった。ここまでは料金はいらない。
 一通り見たので、帰ろうと思い、出口を探す。境内が広いため、出口は何カ所もあるようだ。
 来たときの入り口に戻るのも何なので、別の門から出ることにした。ちょうど境内の端っこにいたためか、すぐに門は見つかった。
 境内は四角い。そのため、方角は何となく分かる。駅まで遠回りになるが、同じ場所をまた戻るよりも散歩としては好ましい。
 夕方になっている。少し薄暗くなってきたが、夕日が快い。
 小さな門を出る。裏口だろうか。
 寺の土塀が続いている。左右とも土塀だ。車が入れないような狭い道だ。足元を見ると石畳だ。
 それが寺町のように続いている。寺町とは複数の寺が集まった場所だが、ここは一つの寺だけで十分町内の一つ分ほどはある。
 それにしては長い。裏門から出てかなり歩いているのだ。いくら敷地が広いといっても、そこまで広くないだろう。だから、別の寺の横を歩いているのかもしれない。
 高橋の予想では、すぐに市街地になるはずだった。試みに、その土塀の切れ目、つまり入り口を見つけたので、その門を潜った。
 おそらく別の寺だと思ったのだが、そうではなく、だだっ広い境内があり、その奥に五重塔があった。まるで地平線の彼方に建っているような感じだ。京都御所のように広いのだ。さすがにこれはあり得ない。
 そして怖いのは人がいないことだ。
 確かに高橋は裏口から出て、かなり歩いた。その距離感が正しいのか、五重塔の小ささと比例している。しかし、このスペースは何だろう。寺の横を更地にして、何か施設でも作るのだろうか。
 高橋は入ってきた門を見る。門だけ残して更地にしたとは思えない。それならそれなりの工事用の何かが残っているはずだ。それに簡単には入れないだろう。
 要するに、ここは普通の境内なのだ。境内があり、土塀がある。それだけのことだ。
 高橋は遠く小さくなってしまった五重塔を目指して歩く。左右を見渡すが、遠くに土塀や寺の建物らしいのが見えるだけ。そして、何処からでも見えるはずの高層ビルがない。
「やったかもしれない」
 高橋は物の本で「寺社迷い」を知っていた。
 これがそれなのだ。
 夕日が怖いほど赤い。
 気色の悪い形をした雲が血に染まっている。
 高橋は一瞬プチンと音を聞いた。耳が聞こえなくなる。目も一瞬見えなくなる。
 それは一秒の半分ほどの時間だ。
 次に目に映ったのは市街地だった。
 後ろを振り返ると、今風な建物の奥に、さっき出た裏門が小さく見えていた。
 
   了

 


2013年2月13日

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