小説 川崎サイト

 

竿竹売り

川崎ゆきお


「夜中の二時過ぎでしょうか。聞こえてくるのですよ」
「それは起きているときですか」
「いえ、眠っているときです。その声で起きてしまいます」
「その状態でも、まだその声は聞こえますか」
「はい、さおーだけって」
「竿竹売りですか」
「そうです」
「他には」
「さおーだけを、繰り返しているだけですが、竿竹売りの声は徐々に小さくなっていきます。それが毎晩続きました」
「車からのスピーカーじゃないのですか」
「夜中に竿竹売りの車が通るわけがないでしょ」
「そうですねえ。……他には?」
「それから先を話してもいいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「その声が聞こえたときは、家のすぐ前の路地だと思います。一番近付いたときに、一番大きな声で聞こえますからね。それで、起きてしまうのです」
「それで……」
「ここからが、少し妙なのですが」
「おっしゃって下さい」
「起きたとき、外に出たことがあります。そして……」
「現物を見たのですか」
「後ろ姿です。竿を肩で担いでました。夜目でもよく見えました。まあ、最近の外灯は明るいですからね。竿のしなりまで、しっかりと」
「ご覧になったのですね。それでどうしました」
「意外と速いのです。あっという間に角を曲がりました。売り声も聞こえました。小さいですがね」
「あなたは、そういう竿竹売りを見たことは、今までありましたか」
「見たとことはありますが、車で売りに来てました」
「じゃ、歩いて売りに来る竿竹売りは?」
「ああ、それはもう物心が付くか付かないころの話ですよ。見た記憶はありますが、しっかりとは覚えていません」
「その記憶と、最近見た竿竹売りとは、似てましたか」
「何せ、後ろ姿で、しかも小さいので、同じだったかどうかは分かりません」
「どんな服装でしたか?」
「そこまでは」
「着物か洋服か、どちらでした」
「ああ、曖昧です」
「その後も竿竹売りは出ますか?」
「はい、多いときは毎晩聞こえてきましたが、最近は週に二度か三度。それに私が熟睡しているときは、来ていても、聞こえなかったかもしれません」
「昨日も出ましたか」
「出ません。出たのは三日前です」
「竿竹売りについての思い出はありませんか」
「ありません」
「じゃ、竿については」
「釣り竿なら、思い出はあります。安い竹の竿でよく鮒釣りをしました。しかし、その竿竹売りの竿は物干し竿ですからねえ」
「物干し竿に関しての思い出は」
「ああ、ありますよ。子供のころは竹でした。それが腐るので、ビニールテープを貼るのを見たことがあります。あとは、折れた竿竹をさらに割って遊んでいました」
「はい」
「何か分かりましたか」
「分かりません」
 
   了


 


2013年2月27日

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