小説 川崎サイト

 

死神

川崎ゆきお


 古い農家の隠居さんが死神を見たというので、妖怪博士が呼ばれた。どうせそんなものなど嘘に決まっているのだが、これが彼の内職なので、付き合うことになる。
 大きな農家で、庭にニワトリが放し飼いされている。潰して食べるものではなく、玉子を得るためのものらしい。もうこの時代食糧難ではない。ニワトリを絞め、カシワにするようなことは農家でもやっていない。
「ようこそ死神博士」
「いやいや、私は妖怪博士ですよ」
「ああ、そうでしたなあ。死神が気になるので、ついつい」
「それで、ご覧になったとか」
「はい、出ました。見ました。もう近いです」
「どんな姿でしたかな」
「昔、漫画で見たそのまんまでした」
「ほう、漫画ですか」
「禿げ頭で、粗末な浴衣で、杖を持っていました。顔立ちは外人のように彫りが深く、目はぎょろりとし、奥目の三角です」
「何処で見ました。寝床の足元ですか」
「布団の足元?」
「それが相場です」
「いや、そうじゃない。廊下だよ」
 妖怪博士は座敷から廊下を見る。
「そうそう、その廊下じゃ」
「で、どうなりました」
「廊下を歩いていておるとき、見た」
「見ただけですかな」
「はい」
「他には」
「近付くと消えました」
「でも顔は見られたのだから、それなりに近くに出たのですな」
「はい。それ以上近付くと消えます」
「後ろ姿は」
「それも見ました。廊下に出ると、前方に死神がいました。後ろ姿です。あとを追いましたが、距離がなかなか縮まりません。突き当たりで消えました。壁の中に入ったかのように」
「大丈夫ですよ、お隠居さん。そうして追いかけられるのですからな。そういうのは布団の中で見るものでして、本人じゃなく、家族が見るのです」
「いやいや、わしは近い」
「歩いて廊下に出られるのでしょ」
「はい、カラオケにも行きます」
「やはり、それは死神ではないのかもしれませんなあ」
「そうでしょ。死神なら医者を呼びます。あなたを呼んだのは妖怪だからじゃ」
「うーむ、それは近い」
「本来の死神ではなく、妖怪のようなものではないかと、思うたわけです」
「妖怪と死神は違うと思うのですが、まあ、それはよろしい」
「なぜ、そのようなものが出るのかを調べて欲しい」
 その答えは分かっていた。この隠居さんが出しているのだ。それを言ってしまえばおしまいだ。だから、妖怪博士は即答しない」
「それは死のイメージでしょうなあ」
「はい、近いですから」
「それは、誰にも当てはまる。小さな子でも死にかけの老人でも」
「はい」
「最近、死に関して考えられましたかな」
「いつかお迎えが来ることは、以前から考えております」
「死ぬのは嫌ですかな」
「嫌ではないが、まあ、避けられんので、致し方ないこととして受け入れておりますが」
「あのニワトリは食わないのですかな」
「はあ」
「庭にいるニワトリですよ」
「ああ、そんな殺生はもうしません」
 命と命とを繋ぐ為の殺生などの論法はこの隠居さんにはないのだろう。ただ、気持ちが悪いものは見たくない程度だ。
「死への恐れが死神となって現れる。そう言うことで如何ですかな」
「如何と言われても」
「死神はいません」
「はい」
「いるのは死です」
「死がいますか」
「います。しかし、見えない。形がない。だから、それに形を与えるのです。まあ、死神が妖怪だと言えるかどうかはさておいて、言葉や形がいるのです」
「その形が、動くのですぞ」
「その方が安心でしょ」
「はあ」
「見えない死より、見える死の方が」
「ああ」
「だから、まあ、その死神は、マイ死神としてお付き合い下さい。ご隠居さん専用です」
「退治しなくてもいいのじゃな」
「坊主殺せば七代祟るようなもので、死神を殺せば大変なことになります」
「では、どうすれば」
「見えるものは仕方がない」
「怖い面もありますが」
「まあ、足元に出るまでは大丈夫でしょう」
「うん」
 隠居さんは納得はしなかったが、少しはやわらいだようだ。
 そして、庭先まで見送ってくれた。
「これは謝礼です」
 ビニール袋に包んだ塊を妖怪博士は受け取る。
「地鶏じゃよ。この近辺の特産品でな」
「ああ、それはありがとう」
 妖怪博士は、鶏肉は嫌いだった。
 
   了




2013年3月23日

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