小説 川崎サイト

 

身なり

川崎ゆきお


「最近は身なりで身分が分かりませんねえ」
「身分とはまた古風な」
「この前まで江戸時代の小説を読んでいたものですから」
「士農工商なんてあった時代でしょ。名字帯刀とかも」
「だから、身なりで身分が分かったんですよ」
「それは分かりやすいですなあ」
「しかし、最近は分かりません」
「人は見かけによらないと言いますしね」
「これは服装に対するこだわりのようなものでしょうかね」
「ただのファッションセンスですか」
「そうです。あそこにいる人をご覧なさい。ブランドものの鞄、あれは明らかにそうだと分かる鞄ですよ。小さいですがね。それにあの時計。あれも高そうです。いずれもすぐにそれと分かる。そして、あのカーデガン。あの色。あの色は滅多にない」
「黄色ですが」
「落ち着いた黄色です。決して派手じゃない。まあ、着古せばあんな色になりますが、最初からそういう色の黄色は、安い品物ではない」
「あったような気がしますが」
「それと下に着ている襟付きのシャツ。黄色に合わせて地味な鶯色。よく見ると、一色ではない。印象派の絵のように、点描であの色合いを出しているのです。あれは高い」
「よく分かりますねえ」
「これで、身分が分かるのです。あの組み合わせ、ワンセットだけじゃない。色々なセットを持っているはずです。でないと舌切り雀ですよ。一着しかないのじゃなく、複数持っている。しかも季節により、色々とね」
「やはり、身なりで身分が分かるのですな」
「見せかけはね」
「そうですねえ。買い揃えればいいんだから」
「金銭的余裕と、精神的余裕も必要です」
「奥さんが買い揃えたんじゃないですかね」
「それもありますが、余裕のある家庭でないと、奥さんもそんなことはしないでしょ」
「じゃ、やはり身なりで身分が分かる」
「まあそうなんですがね。でも推測だけで、確証はありません」
「しかし、高そうなのを着ていると、待遇も違ってくるでしょ」
「それはあります。服装だけで信用が違ってきます。もちろん髭なども剃り、散髪もしっかりやっていないと駄目ですよ。ぼろが出ないように」
「それは何でしょうねえ」
「ええ、何が」
「だから、どうしてそんな服装をするのでしょうねえ」
「自分の地位を見せたいのでしょ」
「ああ、じゃ、低い身分の人なら、見せたくない」
「いやいや、低い身分の人、つまり低所得者は、そのままでも分かってしまいますよ。それほど金は掛けられませんからね」
「しかし、自分の地位を誇示してどうするんでしょうか」
「一種の武装でしょうかねえ」
「はあ」
「または、自分の自信のための精神的なものかもしれません」
「なるほど」
「その横に座っているジャージのおじさんねえ」
「ああ、あの人ねえ」
「知り合いなんですが、資産家です」
「ほう」
「むしろ、彼の場合、そう思われないようにしているんですよ。彼の財布、万札がびっしりです。カード類もね。だから、用心のために、金持ちじゃない服装をしているんですよ」
「なるほど。偽装ですか」
「まあ、彼はケチですからねえ。そんなところで金を使いたくないのでしょ」
「そうなると、身なりは身分を現すってのは、今ではあまり通用しませんねえ」
「まあ、それは人にもよりますよ」
「なるほど」
 
   了


2013年3月26日

小説 川崎サイト