小説 川崎サイト

 

ため息

川崎ゆきお


「ああー」と村田はため息をついている。
「はあー」とも出る。
「何かあったのかい」友人の富田が聞く。
「最近何事もうまくいかないのでね。それでため息でも出してガス抜きだよ」
「抜けますか」
「息がね」
「ああ、空気が」
「成分はよく分からないが、その中にストレスガスが含まれていると思う。それが出るのだから、ストレスも減る。だからため息はいいものだ」
「でも村田さん、見た目はよくないぜ」
「そうなんだが、本人は気持ちいいんだ」
「それで、ストレスは本当に抜けるのかい」
「抜けたように感じるだけでいい。僕は抜けたと思っている。しかし、ごく僅かでね。だから、何度もため息をつかないと駄目なんだ」
「はー」富田も吐いてみる。
「どうだい」
「気持ちいいよ。これ、いいねえ」
「ため息ばかりついてちゃ駄目って言うのは嘘だよ。効くんだよ。これが」
「呼吸法のようなものかもしれないなあ」
「そうそう、息を大きく吐き出すと、気持ちがいい。しかしずっとやるのはよくない。その気になったとき、吐くことだ。つまり、ため息をつきたくなる気分に盛り上がったときに出す。決して意識的に出してはならない」
「ほう」
「普通はね、止めるんだ。出かかったときにね。それを止めないだけでいい」
「しかし、ため息を吐いたからって、その元になるストレスなり、何なりが解決するわけじゃないだろ」
「いやいや、世の中簡単に解決するようなことは少ないよ。長くかかったり、どうにも為らん事柄もある。そういうのを全部解決するのは無理というものだ」
「しかし、人前でため息が多いと、この人うまくいっていないなあって、思われるだろ」
「うまくいっている振りをするよりいいんだ。それこそ偽装で、ストレスの元だ」
「なるほどなあ。しかしため息について、そんなに考えたことはないなあ」
「普通はね」
「ため息って、何だろうねえ」
「ああ、まあ仕方がないか……程度のことだと思う」
「それは諦めるってことかい」
「いやいや、諦めきれない。だから、ため息が出るんだよ」
「じゃ、効果は一時的かい」
「ため息をついてひと呼吸置く。それだけでもいいんだ」
「でも、ため息をつくと情けない気持ちになるけど、それはどうなの」
「それを深みに達するという」
「情けない気分がかい」
「意外とリアルなものがここにあるんだ」
「あはー」富田がため息をつく。と言うより、息を吐き出しただけだが。
「確かにいいねえ」
「そうだろ」
「ううーん」富田はため息タイプを変えてみる。
「これもいいねえ、村田さん」
「駄目だよ。無理に出しちゃ」
「ああ、気をつけるよ」
 と、言いながら二人はため息を何発も出した。その周囲の空気が濁ってように感じられた。
 
   了



2013年3月28日

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