小説 川崎サイト

 

遠のくノブ

川崎ゆきお


 古いがかなり広い家に古田老人は一人で住んでいる。古田家の家族は独立し、出て行ってしまった。若い頃は古田という名字が嫌だったが、最近は「年にふさわしいな」となっている。そのため抵抗感がなくなった。
 一人なので、健康管理を自分でやる。ただ、管理というほどのことではなく、体調の変化に気をつけている程度だ。その変化を何処で見るかというと、朝だ。寝起きだ。
 先ずは目が覚めたとき、すぐには体を起こさない。しばらくそのままでいる。うっかりすると、また寝てしまうことがある。そのときはそれに任せる。これは相撲の立ち合いと同じで、起きる息が合わないのだろう。
 さて、それでいよいよ体を起こすのだが、先ずは首を少しだけ上げる。その後、ゆっくりと肘を立てて胸だけを上げる。古田老人はこれを棟上げ式と呼んでいる。それに成功すると上半身全てを起こす。座っているのと同じ姿勢だ。これに成功すると、左手を軸にして、足を曲げながら横から体を起こす。そして見事着地だ。ただ上から降りてきたわけではない。起立後、少し間を空けてからトイレへ向かう。ここまでで、既に体調の変化が分かる。
 そして襖を開ける。このときの力の入り具合でも、何となく体調が分かるが、目立った変化がなければ、パスだ。
 そして、廊下に出て、何度も角を曲がりながらトイレへ向かう。寝床のある南向きの部屋から、北向きにあるトイレまではかなり距離がある。つまり、ここは歩行テストだ。
 調子がいいときは足が軽い。ふらつきもない。トイレまでのタイムまでは計っていないが、途中で休憩しないといけない日もある。そういう日は無理をしない。
 最後の角までくると、柱に電気を付けるスイッチがある。ここが廊下の中央部に当たる。曇っている日などは朝でも薄暗い。その角からはトイレまでは一直線だ。庭から差し込む光で、その日の空模様まで分かる。大きな変化といえば、体調と天気ぐらいだ。家は不動産というぐらいなので、それほど動かない。
 さて、この一直線の廊下だが、この距離が一番長い。足や腰が痛いとき、この直線がどれだけ長かったかを思い出す。今朝はそれほどでもない。
 そして中程まで来たとき、トイレのドアが斜めに見える。ドアには硝子窓があり、そこからも外光が漏れている。ここで目の検査だ。今朝はまずまず見える。
 そしてドアに近付き、ノブに手を掛けようとしたとき、遠のいた。意識ではない。ドアが。
 半歩近付いてもノブに届かない。一歩詰め寄ってもまだだ。三歩み寄っても距離は縮まらない。
「ああ、またかあ」と、呟きながら、古田老人はUターンする。そして、廊下の角まで戻り、もう一度チャレンジする。
 今度はノブを握ることが出来た。そして、ドアを開けると、いつものトイレだ。
 そういうことが月に一度ほどある。そのことがあってから、特に変化はない。体調が崩れるとか、妙な精神状態になるとかもない。
 何が原因なのかは分からないが、古田老人は長く生きているので、世の中には色々なことがあるのだと諦めている。
 ただし、このことは誰にも言っていない。
 
   了



2013年3月29日

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