小説 川崎サイト

 

夜の友

川崎ゆきお


 コンビニ近くの道で作田は見知らぬ男から声を掛けられた。
「どうですか、最近夜の散歩は」
「はあ?」
 作田から見れば見知らぬ男なのだが、この男は作田を知っているようだ。
「私ですよ。松木通りでよくお見受けしていましたよ。と言っても暗いですからね」
 作田はそれで思い出した。確かに深夜、松木通りでいつもすれ違う自転車があった。それだけのことで、顔までは覚えていない。
「最近夜の世界は辞めました?」
「ああ、深夜の散歩ですか」
「そうです。夜の世界ですよ」
「最近昼型になりましてね。夜は寐ているのですよ」
「ああ、そうなんだ。それは淋しい」
「はい、どうも」
 作田は行きかけようとした。
「松下通りの南側に興味深い路地がありますよ。農家の裏側でしてね。妙な祠があったり、盛り土があるんですよ。廃屋も一つ見つけています。車は入れません。狭いですからね。非常にいかがわしい場所です。きっと何かやっているんですよ」
「何かって」
「夜の世界ですよ」
「ああ」
「昼間はじっと静まってますがね、夜になると蠢き出すんでしょうなあ」
「見ましたか」
「感じですよ。感じ」
「ああ、印象ですか」
「雰囲気ですよ。何か出そうなね。これが夜の世界なんですよ。あなたもそれを見に夜の散歩へ出かけられていたんじゃないのですか」
「いや、僕は健康維持で」
「健康維持なら、夜中に散歩などしないでしょ。それに運動なら徒歩のほうがいいですしね」
「ああ、まあ多少は、夜中の雰囲気を楽しみたいというのはあります。寝静まったあとの町は静かでいいですから」
「じゃ、また、その気になったら、出ていらっしゃい」
「あ、はい」
「引き留めてごめんなさい」
「いえいえ」
「じゃ、また、松下通りでお目にかかりましょう」
 男の自転車は去って行った。
 作田はコンビニへと向かった。
 
   了





2013年4月3日

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