小説 川崎サイト



細い道

川崎ゆきお



「細い道がある」
「はい」
「例え話じゃよ」
「はい」
「本当にそんな道があるわけじゃない」
「分かりましたから続けてください」
 老人は間合いを入れるためかタバコに火をつけた。
「ずっと同じ道を歩み続けた」
「鈴木さんはこの道の先駆者ですから、その言葉には真実味があります」
「余計な合いの手を入れるな!」
「あ、はい」
「若い頃からこの細い道を歩いてきた」
「それは評価すべきことだと思います」
「おまえさんに評価されても仕方あるまい」
「は、はい」
「道は開けると申すは嘘じゃ」
「はあ?」
「道は続くかもしれんが、開けるとは限らん」
「あ、そういうことですか」
「余計な合いの手はよいから聞け!」
 老人はため息でも吐き出すかのようにタバコの煙を噴いた。
「細い道じゃが、いずれは大きな道に出ると思い、歩んできた。いや、生きてきたというべきじゃ。ところがもう足腰も弱る歳になっても大通りには出なんだ。この道は細いままの道じゃとやっと悟ることが出来たわけじゃ」
「この道の御大がそんなことを」
「誰が御大じゃ」
「もちろん鈴木さんがです」
「この道を歩いておる人間は日本全国でも数人じゃろ。誰でも続けりゃ御大になれる。大した価値はない」
「継続は力と言います」
「力の源泉は何じゃと思う?」
「才能かと」
「欲望じゃよ」
「そうなんですか……」
「大きな道に出られると思う欲心あってこそ続けられた。じゃが、どうもこの細い道は、どこまで行っても細いままではなかろうかと思えてきてのう。そう思うようになってから力が抜けた」
「そんなことはないと思います。この道はきっと……」
「わしも君ぐらいの歳はそう思えた。だがな、都大路には繋がっておらんようじゃ。残念だがな。長年やってきたわしが言うのだから、これは確かな話じゃ」
 老人は今度はゆるりと煙を吐き出した。
 
   了
 




          2006年10月2日
 

 

 

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