小説 川崎サイト

 

修行

川崎ゆきお


「闇が、闇が来るー」
 修行者の折口が叫ぶ。
「目眩か?」横に座っていた坂上が聞く。
「違う」
「じゃ、何だ」
「闇が来るんだ。闇が」
「その闇とは、目の前が暗くなると言うことか?」
「そうだ」
「じゃ、昼間のに、夜のように暗くなるのか」
「違う、気持ちがだ」
「ああ、そうか」
「考えが暗くなるんだ」
「それが闇なのか」
「そうだ」
 坂上はそれ以上聞かない。
「暗いことばかり想像してしまう。それならいっそ暗い場所で潜んでいるほうがいい。最初から暗いんだからな。その方が安心だ」
 坂上は黙っている。
「最初から闇の中にいると、今度は逆に光が見える。もう闇は見なくてもいい」
「でも最初から闇の中なら、周囲はほとんど闇だろ。だから、闇を見ているほうが多いんじゃないのかな」
「いやいや、そうじゃない。光を全て闇として見てしまうんだから、どうせ闇になる。だったら一気に闇にしたほうが話が早いんだ」
 二人は丘の上に座り、座禅中なのだが、喋り倒している。
「しかし最初から暗闇だと身動きがとれないじゃないか。ご飯だって食べにくいし、道も歩きにくいぜ」
「そういう照明の問題じゃないって、さっきから言ってるだろ」
「ああ、心の闇だったなあ」
「そうだ。暗いほうに考えてしまうという癖を言っているだけなんだ」
「癖かい」
「思考パターンなんだ。きっと心配性なんだろうなあ」
「リスクを考えるわけだ」
「そうそう」
「悪くないじゃないか」
「悪いよ。リスクを恐れて動けない」
「しかし、うまくいけば、道は開けるじゃないか」
「博打だ」
「負けても、またやればいいじゃないか」
「タフだな、坂上君は」
「ああ、それほど期待していないから。半ば駄目だろうなと思いながらやっているだけだから」
「その精神を教えてくれ」
「それほど真剣にならないことだよ。まあ、ふざけたり、冗談半分じゃ駄目だけど。体重を掛けすぎないことだな」
「坂上君にはそれが出来るが、僕には出来ない」
「あ、そう」
「突き放さないで、僕にもその方法を教えてくれ」
「何を」
「だから、闇にしてしまわない方法だよ。暗い方にばかり傾かない方法だよ」
「え、そんな方法知らないよ」
「だって、坂上君はそれをやっているんだろ」
「だから、それはリスクの問題で、それは、まああるから、仕方がないと思うだけだよ」
「それで済むのか」
「ああ」
「それって、諦めがいいってことかい」
「まあ、そうかな」
「それが極意か」
「だから、そんな大層な問題じゃないんだよ」
「ここに座っていると、どんどん暗くなるんだ」
「研修だから仕方がないよ。やり過ごせばいいんだ。明日は帰れるんだから」
「僕はこんなことをして、余計に精神が不安定になった。精神修行になんてならないなあ」
「それそれ、それが正解なんだ。だから、適当にやってればいいんだよ」
「そうだな。三日だけの修行じゃ、そんなものか」
「折口君」
「何?」
「教官」
「あ」
 二人は座禅を続けた。
 そして、教官は立ち去った。
「好きだなあ、あの人」
「え、あの人会社の人だろ。あの人が好きなのか」折口が聞く。
「いや、こういう行事がさ」
「ああ」
 
   了




2013年4月16日

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