小説 川崎サイト

 

ある説法

川崎ゆきお


 世の中は分からない。分かっていることでも、それが本当かどうかは分からない。しかし分かったことにしておけば安心だ。ということは安心の仕方だけの問題なのかもしれない。
 牧田は最近断定的な言葉遣いを避けるようになっていた。分かったつもりでいたことが、そうでなかったことが多くあったのだ。知らなければそれで済んだのかもしれない。
 それで最近は曖昧な語尾となっている。「そうとも言えるかもしれない」とか、「おそらくそうだろう」程度で抑えている。
 しかし、この曖昧な物言いはしゃきっとしない。嘘でもいいから決めつけて言った方がすっきりする。
「方便ですよ」
 牧田の知り合いの坊主がそう助言した。同級生で、偶然お寺の子なのだ。
「嘘も方便」
 坊主は、そういう決まり言葉をよく知っている。
「嘘つきは泥棒の始まりだろ」
「嘘は駄目だけどね、この場合は仮の姿と思えばいいんだよ」
「じゃ、全て仮説と言うことでいいのか」
「仮象だよ。仮象。仮の姿」
「ああ」
「昔の人は嘘だと思っていても、それに従った。そのほうが便利だからさ。本当のことなどお釈迦様でもご存じないかも」
「うーん。それは」
「まあ、何を言っても、分かっていないことが前提なんだ」
 この幼馴染みの坊主はいかがわしい。それは牧田から見た場合だ。小さい頃から知っているので、坊さんになるようなキャラではなかかった。そのため、神も仏も、この同級生は信じていないことを、牧田は知っている。それでもやっていけるのが、不思議だ。
 そのことを聞いてみた。
「一瞬の救いになればいいんだよ。それで気が休まるのならね。僕のお経や説法でも」
「説法もやっているのか、君が」
「テキストがあるんだよ」
「落語のようなものか」
「落語も、ここから始まったんだ」
「なるほど」
「年を取ると、ますます自信を得る人間と、なくす人間がいる」
「それも説法かい」
「そうだが、これはオリジナルだ」
「うん、続けて」
「自分の経験が、間違っていたりするタイプと、まだ、その経験が使えるタイプだ」
「社会に適応しなくなったんだな。それ、僕だよ」
「その場合、学び直せばいい」
「今までのを捨ててかい」
「トップだったのがビリになるけどね」
「それは悔しい」
「年を取ると謙虚になるタイプもいる。修正中なんだ。昔言いすぎた奴ほどそうなる」
「それもオリジナルかい」
「これは、又聞きだ」
「君の場合、どうなの」
「和尚さんを演じているだけだよ」
「そうだろうなあ。本質はそうじゃないから、君は」
「まあ、人は適応するんだ。寺を継いだ限り、そうしないと生きていけないからね」
「じゃ、あの本質は隠したまま」
「人聞きの悪い。僕はそんなに悪い性格だったか」
「悪童だ。どうしようもない」
「あれはお寺の子だと言われるのが嫌だったからだよ」
「そうなのか」
「だから、思い切り悪さをしてたんだ」
「それより、僕の場合、どうすればいい。最近自信がない」
「それでいいんじゃない。君はずっと自信家だったから、その反動が来たんだよ」
「うーん」
「だから、普通に戻ったんだ。今まで無理をしていたんだよ」
「うむ」
「どうだい、効いたかい」
「さすが坊主だ」
「しかし、こんなの一瞬で、明日になったら忘れているだろうねえ」
「まあ、少しは分かった」
 
   了



2013年4月17日

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