小説 川崎サイト

 

妖怪博士と貧乏神

川崎ゆきお


 特価の吊り物。その中でも一番安そうな上着。ズボンも昔のトレパン。つまりトレーニングパンツなのだが、ポリエステルの粗末なもの。鞄も生地の薄い手提げの買い物バッグ。靴もジョギングタイプだが、これも安物の運動靴だろう。
 小男で猫背。そして腰を曲げ、前のめりで下を向いて歩いている。それほどの年寄りではない。
「そんな感じの男を見たんだがね」
「はあ?」
「だから、見たんだ」
「それが何か」
「妖怪じゃないかと」
「そんな感じの人はいくらでもいると思いますが」
「そうだろうか」
「何処で、ご覧になりましたかな」
「ショッピング街の喫煙コーナーで休憩していると、歩いていた」
「その人が何か?」
「歩いていただけだ」
「では、どうして妖怪だと思われたのですか」
「周囲の人間と服装が違うし、雰囲気が違う。これは混ざりものではないかと」
「混ざりもの?」
「人間の中にたまに混ざっている」
「その後、どうなりました」
「何が」
「その貧弱な人です」
「そこまで追っていないが」
「じゃ、何もなかったのですな」
「そういう妖怪だと思う」
「ほほう、では、どのような妖怪ですかな」
「妖怪博士」
「はい」
「だから、あなたに聞きに来たのですよ」
「ああ、わざわざそんなことで」
「専門家の意見を聞きたい」
「だから、そんな人はいくらでもいますからね。そこから妖怪を特定するのは、少し難しいかと」
「憶測でかまわない」
「安っぽい身なり。まあ、それだけでも言えることはありますが」
「心当たりがあるのですね」
「それだけの情報では、あの人でしょ」
「どの人?」
「貧乏神」
「ほう」
「顔も貧相だったのでは」
「そうです。白髪でまばらに禿げており、顔も白い無精髭で、それもまばら」
「それよりも、なぜその人が気になったのですか」
「取り憑かれるのではないかと」
「貧乏神にですか」
「はい」
「貧乏神を意識するということはですね。貧乏を意識しているということです」
「ほう」
「貧乏神を見るというのは、貧乏が見えてきているということです」
「それは分かりやすい説明なのだが、この僕が貧するとでも」
「貧乏が気になる。それだけのことですなあ」
「どうすればいいのですか。貧乏神封じはありませんか」
「昔から貧乏封じはないのです。そこだけを特化した呪文も祝詞もありません」
「なぜだ」
「貧乏は決して悪いことではないからですよ」
「では、何ともならないのか」
「まあ、厄神系で代用できないことはない」
「厄神さんですか」
「厄年とは関係なく、まあ、そこで厄除けを」
「貧乏だけを封じたい。特効薬はないのですか」
「貧乏神と反対側に福の神がいます。しかし、これは逆効果なのです。むしろ貧乏を深めましょう」
「うーむ」
「貧乏を追い払おうとすればするほど貧乏になっていきます。触らぬ神に祟りなし。それにあなたに取り憑いたわけじゃない。意識すると、寄ってきますよ」
「あの安物の服装が怖い」
「それは失礼な話ですぞ」
「まあ、そうだが」
「貧乏でもいい場合があるのです。それをお忘れなく」
「分かった」
 紳士は聞くだけ聞いて出ていった。
 妖怪博士は一円にもならなかった。
 
   了


2013年4月22日

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