小説 川崎サイト

 

古墳公園

川崎ゆきお


 ある休日、笹岡は行楽地へ出かけた。最寄り駅から三駅ほど乗れば広い公園に着く。行楽地ではないが、古墳があり、それなりに見所がある。
 笹岡は古墳に興味があるわけではなく、近場で安くあげたいだけ。それ以前に会社の休みの日はほとんど寝ている。疲れ果てているため、何もやる気が起こらない。バッテリーの補給だけで一杯一杯だ。ところが季候がよくなったのか、若葉のようにその日は元気だった。
 休日なので電車はすいている。昼前なので、そんなものだろうか。電車の本数は少ないが、楽に座ることが出来た。
 そして雰囲気の違いを直感的に感じた。しかし、この場合視覚的に十分その情報は入ってきている。スーツ姿ではなくカジュアルな服装の人が多い。そして、その表情が明るい。家族ずれのお父さんには笑顔まである。
 服装もそうだが表情も構えていない。隙だらけだ。いつも難しそうな顔の通勤客を見ているだけに、この変化は新鮮だ。そういえば笹岡もリラックスしている。プレッシャーのかかるような用件は、今日はないのだ。スケジュール表には何もない。古墳公園に行くのだが、そんなものは書き込んでいない。気が変われば行かなくてもいい。
 いつも眉間に皺を寄せているような人が、今日は緩んでいるように思える。歯を出して笑っていたりする。それを見ているだけで、笹岡はもう十分ではないかと思った。行楽地へ行かなくても、乗客を見ているだけで。
 その中で、一人だけスーツ姿でビジネスバッグを持った男がいる。難しそう顔で真正面の窓を見ている。車窓風景を見ているわけではなく、視点を邪魔にならないところに置いているだけだろう。その視点のすぐ下は中年女性二人がいる。だから、やや上に視点を留めている。少し落とすと人に当たる。
 その彼も、休みの日は、和んだ顔になるに違いない。笹岡がそうであるように。
 そして古墳公園前で降りる。
 駅前から公園へ向かう人がぽつりぽつりと歩いている。増岡もその足並みに合わせる。非常にゆっくりだ。急ぐ必要がないのだろう。
 子供がソフトクリームをねだっている。露店が出ているのだ。縁日ではないので、ぽつりぽつりだ。軽ワゴン車でホットドッグ売っているのも見える。
 古墳公園の古墳はただの小さな膨らみで、少し盛り上がっているだけ。古墳の説明プレートがなければ分からないところだ。
 埋葬者は不明だがこの地方の豪族の墓らしい。
 電車に乗り、公園で古墳を見る。ただそれだけの目的だ。簡単なことだ。しかしそれがなかなか出来なかった。気持ちに余裕がないことと、そんなことをしても、役に立たず、何のメリットにもならないと思っていたからだ。
 笹岡は古墳の頂上で腰掛けた。豪族様の墓の上に尻を乗せたことになる。
 少し痛快だった。
 
   了

  




2013年4月30日

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