小説 川崎サイト

 

落ち着く場所

川崎ゆきお


「あなたが一番リラックスでき、落ち着ける場所は何処ですか」
「ハア、そんなことあまり考えたことありませんが」
「じゃ、今思い出して下さい」
「落ち着けるねえ……」
「そう、リラックスできる場所です」
「何もしていないときじゃないですかねえ」
「場所は?」
「特にありません」
「ほう」
「電車が来るまでベンチに座っているときなんかもそうですねえ。特にやることはないでしょ。これが一番落ち着きます」
「場所はないのですか」
「場所ねえ」
「そうです。自室とか、飲み屋とか、喫茶店とか、森の中とか」
「そういうところでも落ち着けることがありますねえ。でも落ち着けないことも多いですよ」
「それは、どうして」
「結局ぼんやりとしているときが、一番落ち着きます。だから、場所とはあまり関係はありません」
「郊外のこの町なんですが、緑が多く、非常に落ち着けると思いますが」
 どうやらセールスのようだが、何段階か飛ばしたようだ。
「ああ、だから場所じゃないのですよ」
「いや、より落ち着けますよ」
「じゃ、あなたはどうなんですか」
「私。私ですか」
「落ち着ける場所、リラックスできる場所」
「それはやはり我が家ですよ。そしてその近隣。緑が豊かで、公園もあり、四季の草花が咲き乱れ」
「今、そう言うところでお住まいですかな」
「いずれは……」
「じゃ、他を当たってください。僕はその住宅は買わないから。買いそうな人に当たって、それで、売れればあなたは出世する。そして、郊外のそんな家が買えるじゃないですか」
「そんなわけにはいきませんよ。そんなことでは給料は上がらないし、会社も危ない。それにノルマ達成だけでもぎりぎりなんですから」
「じゃ、いつまで経っても買えない」
「私のことより、どうですか、一度御案内しますよ。こんな喧しい市街地よりも、うんといいと思います」
「あなたもそう思いますか」
「当然」
「じゃ、あなたの会社で都心部のマンションを売り出したとしましょう。その場合は、どうなんです」
「我が社では扱っておりません」
「都心部のマンションでも落ち着くんじゃないですか」
「いや、やはり郊外ですよ」
「先ほども申しましたがね、場所じゃないんですよ」
「癒やしとリラックス、そして落ち着いた暮らしの環境を我が社は応援しています」
「あのう」
「はい」
「そういうのを聞いていると、落ち着かないのですがね。逆に苛立ちますが……」
「パンフレットを置いておきます」
 営業マンはやっと諦めたようだ。
 
   了




2013年5月1日

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