小説 川崎サイト

 

一日一生

川崎ゆきお


「年を取るとねえ、その日、一日生き延びるだけで精一杯なんですよ」
「そうなんですか」
「まあ、若い人にはその感覚は分からないと思いますがね」
「一日一生ということですか」
「そんな為になる話じゃないのです」
「それは健康状態に関するお話しですか」
「そうそう、無事に一日を終えただけでもう十分なんですよ。悪くはなっても良くはならないですからな」
「だから、その日、一日しっかり生きようということですよね」
「あまりしっかりと生きると疲れます。消耗しますよ」
「それはまだ、生かされていると言うことですか」
「誰に」
「だから、色々な人に」
「まあ、そういうことで鼓舞することもありますがね。まあ、仕方がないこととして認識していますよ」
「仕方がない? ですか」
「仕方があるなら、いいんだがね。ないんです。やりかたが」
「それは暗い話なんですか」
「まあ、未来が楽しくなるような話ではないですよ。一生は短いです。年寄りはさらに先が短い。だから一生単位で考えると損だよ。一年単位でも危ない。そうなると一日単位の方が有利だ」
「なるほど」
「朝、起きたとき、調子の悪いときがある。このまま一日大丈夫かと思うときがあるねえ。スタートから苦しいことがある。こんなときは、寝るまで何とか生きていれば御の字だ。その日のうちに面倒なことになる可能性があるからね」
「一日一生だと、一生が沢山ありますねえ」
「ああ、お得だろ。ただ、似たような一日なので、似たような一生を重ねることになるがね」
「朝、起きたときが誕生したときのようなものですか」
「真っ白で誕生したわけじゃないけど、今日もまた生きていたという感じだね」
「やはり、それは暗い話ですねえ」
「もっと極めれば、ずっと今の今を生きるということなんだけど、それはなかなか難しい。これが出来るのは達人だけでね。私らのような凡人は一日単位がちょうどいい」
「淋しくなってきますねえ」
「まあ、それは心がけ程度の話でね。遠い過去も、遠い未来もそれなりに見ていますよ」
「あ、はい」
 
   了




2013年5月2日

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