小説 川崎サイト

 

蛇口とホース

川崎ゆきお


「これは夢なのですが、聞いてもらえますか」
「はい、どうぞ」
「ボロアパートの二階に住んでいます」
「夢の中で、ですね」
「そうです。でも、そういう所に住んだことがありますから、それが夢に出て来たのかもしれません」
「続けて下さい」
「蛇口をひねります。水が出ます。ところが、その蛇口からではなく、ホースからです。長いホースで部屋の隅で蛇のようにとぐろを巻いているのです。ホースは畳の部屋にあります。蛇口もそうです。そこは六畳の居間です。そんなところに水道は来ていません。でも、蛇口があるんです。不思議です」
「じゃ、出た水は?」
「ホースの先から出ているはずです。ああ、しまった、またやってしまったと、夢の中で思っているのです。だから、よくやってしまうことなんですね。そのホースは脱いだままの衣類の下にあります。それでホースのとぐろが見えなかったんでしょうね。何となくホースを隠しているような感じです。まあ、部屋が散らかっているので、ホースが目立たないんでしょうねえ。確かに掃除をしないで、長くそのままの頃もありました」
「それで?」
「蛇口をひねったとき、またやってしまったと思ったのですが、水を感じないのです。それで衣類をのけて、調べたのですが、どこも濡れていません。ホースの先は見ていませんが、横にタンスがあります。その下に染み込んだのかもしれません。タンスは畳の上です。部屋の隅です」
「はい」
「蛇口をひねり、すぐに気が付いたのですが、やはりその間流れているはずです。それが一度や二度ではないようで、よくやっているらしいのです。下には人が住んでいます。だから、水が漏れたとすれば、苦情があるはずです」
「ないのですか」
「ありません」
「じゃ、その蛇口はダミーでは。ホースも」
「でも蛇口をひねったとき手応えがあります」
「ほう」
「何か分かりますか」
「その夢を見たあと、トイレに行きたくなりませんでしたか」
「なりません」
「まったくですか」
「まあ、いつもの時間に目覚めたので、多少はありますが、切羽詰まってはいません」
「以前、水漏れを起こしたことはありませんか」
「あります」
「じゃ、それでしょ」
「でも、感覚としては、それじゃないんです。畳の部屋で水道を出しているのです」
「あのう、それは夢だからです。水道は何処にありましたか」
「はい、台所と風呂場と、トイレの前です」
「その居間に水気のものはありませんでしたか。たとえば金魚の水槽とか」
「ありません」
「ほう」
「ああ、でも引っ越してからは金魚の水槽があります。畳の部屋ですが」
「ホースは必要でしたか」
「はい、水替えの時にポンプを使っていました。灯油を入れるあのぽこぽこ押すような。そこに細くて長い管が」
「これで、畳の部屋とホースが繋がりますねえ。水槽が倒れれば畳は濡れるでしょ」
「そうですねえ」
「夢は過去の場所だけの記憶内だけで作られているわけではないのです。合成します」
「これは、何が言いたい夢でしょうか」
「まあ、漏らさないことでしょうなあ。秘密漏洩系でしょうか」
「じゃ、寝小便がどうのということではないのですね」
「はい。そうです」
「ありがとうございました」
 
   了




2013年5月12日

小説 川崎サイト