小説 川崎サイト

 

猫の子一匹

川崎ゆきお


「夏ですなあ」
「今日も暑いです」
「こんな日も散歩ですか」
「ハハハ、お互いに」
「いつもこの時間に歩いているものでしてね。しかし真っ昼間はきついですなあ」
「日が陰ってからの方がいいようですが」
「そうなんですが、いつもこの時間なので」
「去年はどうされていました」
「結局、この時間で通しました。炎天下ですが」
「熱中症になりますよ」
「そう言えば、あなたも去年、同じ時間に歩いていましたねえ。夏場も」
「はい、冬場もそうです。春も秋も。その方が季節の移ろいがよく分かります。時間帯を変えると、よく観察できません」
「観察」
「いえいえ、見ているだけですよ。空の色、雲の形。植物の様子等々です」
「その関係のお仕事をされていた方ですかな」
「そうじゃありません」
「冬場は着込めばいいが、夏は何ともならんですよ。猫の子一匹走っていないときもあります」
「猫の子ですか」
「ああ、たとえですよ。実際に猫の子を見たわけではありません。まあ、猫の手も借りたいときに出てくる猫ですよ。実際に借りた人などいないでしょ」
「ああ、なるほど」
 そのとき、二人の前方に子猫が現れた。
「あ」
「お」
 二人は顔を見合わせた。
「猫の子一匹、発見ですなあ」
 二人は子猫に近付く。猫は逃げない。慣れているようだ。
「これは子猫じゃないですよ。小さいが。これで大人かもしれません」
 と言いながら、猫の前足を掴む。猫はその手に鼻を付ける。
「猫の手を借りましたぞ」
 それ以上引っ張ると、猫は厭がり、逃げて行った。
「あの猫も散歩じゃないですかねえ」
「ほう」
「暑くても、毎日回る場所があるんですよ。真冬でも真夏でも」
「我々と同じだ」
「そうそう」
 
   了



2013年5月30日

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