小説 川崎サイト

 

郵便ポスト

川崎ゆきお


 ある日、竹本はふと郵便ポストを見た。いつもの道の角にある赤いあの郵便ポストだ。スチールの四角い箱になっているが、場所は同じだ。ほぼ毎日目に入っているのだが、投函する機会はほとんどない。昔と比べ大きい目の封筒も入るようになったが、それを出す機会も減った。
 郵便屋さんもよく見かける。いつも配達で回っている人だ。それらもまた目に入っても、何も思わなくなっていた。
 急に郵便が気になったのは、ネットショップのことを考えていたときだ。欲しいものがあり、それを買うかどうか考えていた。趣味や楽しみで使う品々やネット上にある有料会員サービスも気になっている。
 ネットのことを考えていると、郵便ポストにぶつかったことになる。昔はどうしていたのだろうかと。そして、そのころの楽しみ方を思い出した。
「案内書送れ」
 葉書にそう書き、投函した。これは物の場合より、通信教育などの案内書が多かった。新聞や雑誌の広告を見て、葉書を何通も出した。
 すると、一週間以内には分厚い封筒が届いた。これを見るのが楽しみだったのだ。
 そのため、夏休みなど郵便屋のあの赤カブのエンジン音が聞こえると耳を立てた。家の前に止まるかどうかだ。そして、止まったあと、ガシャッと郵便受けの音がすれば「あたり」だ。何か「ブツ」が入ったのだ。それを見に行き、関係のない葉書だとガッカリする。
 通信教育の案内書コレクターではないが、その封筒を開くのが好きだった。そして、その宣伝文句や、どうやって郵便だけのやり取りで、そういう教育が出来るのか……等々が興味深かった。
「自宅に居ながら学べる」
 竹本は英語の成績が悪かったので、通信講座を受けた。案内書を見ていると、英語が出来そうな雰囲気がしたのだ。何もやらないより、やったほうがいい。塾へ行く気はない。それに近くに塾はないし、友達は行っているが、そこで顔を合わせるのは嫌だ。やはり自宅でこっそりやるのがいい。また、塾に行っている連中は行く必要のないほど英語が得意だ。その中に加わりたくない。
 それで送られてきた教材は、簡単なものだったが、ソノシートが入っていた。ABCの発音が聞こえてきた。それが正しい発音なのかどうかは、今はもう分からない。長くそのソノシートを持っていたが、受講は最初の入門編だけで終わったので、何かのおり、捨てたのだろう。もう見ることも聞くこともないと思って。
 楽しかったのは、案内書が届いたときで、その後、実際に買ったり受講しても、それほどよくはなかった。
「案内書送れ」だけなら無料だ。
 田村は郵便ポストを見て、それを思い出したのだ。
 ネット時代、そういう楽しみはもっと増えるはずなのだが、郵便屋のバイクの音、がさっと何かが入った手応え、それを見に行く楽しみ。そういったことを思い出した。
 
   了


2013年6月25日

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