小説 川崎サイト

 

厄介婆

川崎ゆきお


 暑い盛り、老婆が歩いている。日傘も差さず、頭部に被り物もしていない。祈祷師の婆さんだ。見ているものは風景ではない。頭の中にあるのは日々のことでもない。呪文や悪霊の世界を見ている。だから、いってしまっている。そのためか暑さなど何とも思っていない。これは避暑のための健康法ではない。
 そこに坊主が現れた。坊主は丸い大きな日笠を被っている。炎天下なので当然だろう。
 この二人、徐々に接近する。向こうから来る者、こちらから来る者、そのうちすれ違う。
 坊主から見ると、老婆はただの老婆でしかない。近所の婆さんが歩いていると思っている。祈祷師のスタイルではないためだ。
「そこな坊」
 先に声をかけたのは老婆だ。その声は裏返っている。
 坊主は、ただの婆さんではないと察する。何か因縁でも付けられると困るので、無視しようとするが、距離が近すぎ、そうも出来ない。
「怨霊が憑いておる」
 老婆が声高に言う。
「それは、婆さんの方ではないのかな」
「わしは祈祷師」
「ほう」
「おぬしは?」
「一介の雲水。旅の者」
「それにしては軽装」
「この近くの寺にしばし厄介になっておる」
「あの寺か、あそこは妖怪の巣窟。その一匹が乗り移ったのだな。可哀想に」
「はて?」
「気付かぬか」
「それより、暑くはないか、その姿で」
「暑うない」
「それで、何となさるな?」
「祓ってやる」
「その妖怪とやらをか」
「そうじゃ」
「別に困ってはおらぬが」
「妖怪が憑いておる」
「だから、それはもう分かった。急ぐゆえ、失礼するぞ」
 坊主はすたすたと歩いて行った。炎天下で立ち話などしたくなかったのだ。
 老婆は坊主の後ろ姿を見ている。
「のりの悪い坊じゃ。この村ではみんな相手にしてくれるのに、やはり余所者は薄情じゃ」
 祈祷師の老婆は、ブツクサ言いながら、歩き出した。
「誰ぞ相手になってくれる者はおらんかいのう」
 厄介な婆さんだ。
 
   了


  


2013年7月5日

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