小説 川崎サイト

 

魔物を呼ぶ

川崎ゆきお


 夜に笛を吹くと魔物が出て来ると言う。魔物を笛で呼び出すのだろうか。昔は家庭の中に笛があったのかもしれない。日本なら横笛だろうか。笛は祭りなどで使われることが多い。「笛や太鼓」のあの笛だ。そのため、笛の練習をする人も結構おり、子供もいただろう。だから、意外と身近な楽器だったのかもしれない。
 大石にとって身近な笛は体操の授業や運動会で鳴らす、あの笛だ。手のひらに入る。文房具屋や駄菓子屋で売られており、子供の頃、買っている。この笛を夜に鳴らすと、さすがにうるさい。何かを演奏するための笛ではないためだ。
 草笛や口笛もある。特に口笛は道具を必要としない。布団の中で寝ころびながらでも吹ける。これも夜に吹くと魔物が出て来るのだろうか。
 当然大石はそんなことは信じていない。音楽の授業で使うため買わされた横笛がある。樹脂製だ。学校がまとめ買いした。縦笛と横笛の選択があった。大石は昔見た「笛吹童子」の映画を思い出し、横笛にした。この方が格好がいい。縦笛だと尺八のように見えてしまう。笛はやはり横笛がいい。しかし、縦笛はすぐに音が出るが、横笛は音を出すだけでも大変だ。
 選択を間違ったのだ。それで、音が鳴るように家で練習した。笛の穴に指を当てる以前の問題として、音そのものが出ないのだ。これでは授業中恥をかく。
 それで、夜に横笛を吹いた。音が出たか出なかったかは、分かりにくい。シューシューと何かが漏れている音だ。そしてたまにピューと鳴ることがあった。
 すぐに親が「吹いたら魔物が出る」と注意した。どんな魔物が来るのかと聞くと「夜笛」だという。適当なことを言っているのは子供の大石でも分かる。まあ、吹いてはいけないものだというだけの意味だと納得し、それからは吹かないことにした。ただ、その音が果たして魔物が笛の音色として認識出来たかどうかは分からない。だからといって大丈夫だとも言えないが。
 つまり、親は隣近所に聞こえるから駄目だと言ったのだろう。すると魔物とは近所の人ということになる。
 また、夜に笛を吹けば魔物が出るのなら、魔物だらけになる。
 祭りで夜に実際に吹くわけだから、魔物がうじゃうじゃ集まって来そうだ。しかし、それは祭りの場ならいいのだろう。または敢えて笛で呼び出し、退治するのだろうか。
 大石は練習の甲斐なく、横笛は結局吹けなかった。授業では吹いている振りだけした。それで、何とかクリアーした。
 横が好きだが、実際に使えるのは縦だった。
 
   了



2013年7月7日

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