小説 川崎サイト

 

生観音

川崎ゆきお


「夢の中で観音様が現れました」
「ほう、それはそれは」
「これは何かのお告げでしょうか」
「その観音様はどうしましたか」
「何も」
「何もとは」
「何もしません」
「はあ」
「出てきただけです」
「それだけですか」
「はい」
「うーん。それでは何とも……。何かに結びつけたいのですがね。出て来ただけ……」
「はい、出て来た、だけ」
「どんなお姿ですか」
「だから、観音様です」
「あなたは、どうしてそれを観音様だと思われたのでしょうか」
「それはもう、考えるまでもなく、観音様だと思いました」
「弥勒菩薩と観音菩薩の違いは分かりますか」
「いいえ」
「では、薬師如来と観音菩薩との違いは」
「さあ」
「じゃ、どうして観音様だと思われたのですかな」
「ああ、前の日に観音様をやっているテレビを見たからだと思います」
「どんな観音様でした」
「立ってました」
「腕はどうです。何本ありました」
「腕は二本です。人間と同じです」
「頭に顔がありましたか」
「いいえ」
「じゃ、聖観音系ですね」
「聖なる観音様と言うことですか」
「正しいの、正とも書きます」
「生観音は?」
「生の観音はありません。その場合は生き観音。まあ、これは官能的な意味でしょうなあ」
「それかもしれません。艶っぽかったです」
「テレビで見られたお姿と同じでしたか」
「きっとそうだと思います」
「じゃ、それだけです」
「と、言いますと」
「だから、テレビで映っていた観音様が夢の中に出てきただけです」
「でも、夢の中に観音様が現れたのですよ。これはもっと深い意味があると思うのですが、如何」
「如何と言われても、そのまんまだと思いますよ」
「夢に観音様が立ったのですよ」
「まあ、そこから先はあなたのお楽しみで」
「楽しみ……?」
「どういうことですか」
「色っぽい観音様だったのでしょ」
「はい」
「だから、その方面ですよ」
「分かりました。この夢のお告げを。つまり、色っぽいことがこの先起こると……」
「はい、ご随意に」
「有り難うございました」
「いえいえ」
 
   了

 


2013年7月19日

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