小説 川崎サイト

 

盆妖怪

川崎ゆきお


「お盆になると先祖の霊が帰って来ると言いますが、どうなんでしょう」
 妖怪博士付きの編集者が聞く。
「お盆になると妖怪が帰って来るとは言わんのう」
「帰る家がないのでしょうねえ。やはりお盆は家ですよ。家。家に帰って来るイメージですねえ。そして、それを待っている子孫がいる。出迎えるための準備もし、送るときの準備もしてますよね」
「そうじゃのう。仏壇か」
「そうです。位牌が並んでいるような仏壇です。そこに書かれている戒名の人が帰ってくるんですよ」
「そうじゃなあ。妖怪は生きておるのか死んでおるのかよう分からんし、だいいち戒名などない。弔う人もおらん。だから、無理か」
「お盆の頃の妖怪はいませんか?」
「盆坊がおる」
「ボンボウ……また先生、適当なことを」
「これは気配やビジュアルに貢献しておる妖怪じゃ」
「ビジュアルって、視覚的な」
「それも含まれる」
「どんな妖怪なのですか」
「ある家の先祖に化けて帰って来る」
「どこがビジュアルなのですか」
「君は故郷はどこじゃ」
「草深い田舎ですよ」
「盆には帰省するのかね」
「はい、休みですし」
「じゃ、お盆をするわけじゃ、実家で」
「はい、一応」
「で、迎え火を焚いて、家に入れるが、見たことあるかね」
「先祖の霊ですか」
「そうじゃ」
「そりゃ幽霊じゃないですか。それは見たことはありませんよ。家族も」
「そこで、盆坊じゃ。その先祖に化ける。そのためのビジュアル要員じゃ。たまには帰って来た先祖を見たという噂は必要だろう」
「なるほど……。しかし、それは妖怪が幽霊に化けるわけですね」
「さあ、お盆の時は幽霊とは言わん。まだ、幽界をさまよっておるのが幽霊じゃ。しっかりと、あちらへ行っておらんので、成仏しておらんということになるだろう。それは駄目じゃ。先祖の霊はどなた様も成仏されておられる。だから、霊でよい」
「そうですねえ。お盆に先祖の幽霊が帰って来るって、言いませんものね」
「墓や仏壇の意味がなくなるでな。しっかり供養しておるのじゃ」
「はい、じゃ、やはり、幽霊じゃないので、見えないわけでしょ」
「そこで登場するボランティアが盆坊じゃ。ご先祖様の気配を伝える。半透明の幽霊では成仏しておらんことになるから、足音でもよい」
「じゃ、盆坊の姿にはオリジナルはないのですね」
「まあ、そうじゃ」
「すっと横切る。仏壇のカネを鳴らす。灯明をたまにちかちかさせる。灯篭の中の電球を少し弄る。そして怖くない姿で、たまに登場する」
「怖くない姿って、どんな感じですか」
「半透明ではなく、そのままの姿で出る。もう亡くなった婆さん爺さんが、普通に座ってご飯を食べておる。あまり普通なので、逆に気付かん。あとで分かる。そう言えば、亡くなっていたと」
「そんなのすぐに気付くでしょ」
「そこが妖怪だけに、すぐには気付かん術を使う。死んだ婆さんが一緒にご飯を食べておったら、ご飯どころではなかろう。特に家族や親戚が多いと、混ざっておっても分かりにくい」
「まあ、そう言うことにしておきます。幽霊だと子孫を怖がらせることになりますからねえ。リアルの方が逆に怖くない。でも、盆坊って、イタズラ坊やのイメージがあります」
「まあ、それに近いが、原点は坊主だよ」
「坊主って、僧侶ですか」
「お盆になると、お寺さんが忙しく走っておるじゃろ」
「はい」
「昔、ある家に飛び込んだ。お経を上げにな。婆さんが寝ていた。まあ、田舎のお寺さんと檀家の関係なので、勝手知ったる家じゃ。婆さんが目を覚ますと、誰かが座敷を歩いておった。仏壇のある方にな。寝ぼけ眼の婆さんは先立った爺さんが帰って来たと思ったらしい」
「それは作り話でしょ」
「そうじゃ」
「坊さんと霊とは関係が深い」
「それで、お盆のお坊さんを略して盆坊ですか」
「妖怪なので、僧侶ではまずい。それで、小さな坊やにしたわけじゃ」
「分かりました。妖怪盆坊の解説ありがとうございます」
「妖怪など、ほんの冗談だ。真面目に聞くことはない」
「はい」
 
   了




2013年8月12日

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