小説 川崎サイト



開かずの部屋

川崎ゆきお



 世の中には語れないものがあるようだ。
 久岡が配属された職場は古いビルの中にあった。広大な敷地内にポツリと建っている。戦前からの建物だろう。周囲は雑草が生い茂り、原っぱのような風景だが、古い写真を見ると様々な建物が並んでいる。その殆どが目的を終えたのか取り壊されたのだろう。
 この場所は郊外にあり、周囲は田園地帯だ。今は周囲を金網で囲っている。
 久岡がこの会社に就職したのは民営化直後で、親方日の丸式の色彩が濃厚だった時代だ。
 その久岡もそろそろ定年近い。まだこの会社に踏みとどまれているのは縁者に幹部がいるからだ。
 一人で出来る仕事を三人でやる時代はさすがに終わり、久岡にも辛い時代が来た。久岡は定年まで働きたいと縁者に頼み、僻地と呼ばれる勤務先へ行くことになった。
 鉄筋四階建ての古ビルは文化財にでもなりそうな佇まいで、子供の頃に見た古い役所を連想させた。
 久岡の祖父あたりが務めていたような格式のある建物で、レトロ趣味のある久岡には楽しい勤務先だった。
 しかし入れ物は大きくても勤務している社員は数人だった。
 そして実際の仕事は、この広大な跡地の原っぱの草むしりだ。
 久岡は雑草を抜き、花の種を撒き、花畑を作ったり、野菜を育てたりした。
 雨の降る日は屋外での作業はない。そういう日はビル内の掃除をする。
 殆どの部屋は使われていないのだが、置きっ放しになっている机や棚がある。定期的にほこりを払う作業が必要なのだ。
 久岡がいつも気になっている部屋がある。三階の階段横の部屋で、そのドアだけが開かないのだ。
 同僚に聞くと開かずの部屋だという。しかしドアが壊れているだけのことらしく、そのまま放置しているようだ。
 このビルは勤務する人間がいなくなれば取り壊されるらしい。久岡たちの勤務場所として存在しているのだ。そのため修理する必要もないのだろう。
 だが久岡は気になって仕方がない。内部がどうなっているのかを見たいのだ。
 二階と同じ構造なら、この位置の部屋は小部屋で、天井は階段の裏側になっている。つまり物置部屋なのだ。
 ある雨のしたたる薄暗い日、久岡はそれを確認するため、工具でドアをこじ開けた。
 久岡はすぐにドアを閉め、飛ぶように階段を駆け降りた。
 そして、久岡は誰にもそのことを語ろうとはしなかった。
 
   了
 
 
 


          2006年10月26日
 

 

 

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