小説 川崎サイト

 

村はずれの町

川崎ゆきお


「稲森町と立花町との違いは何でしょうか」
 二つの町を区切っている幹線道路沿いにある喫茶店での会話だ。
「違いねえ。ほぼ同じようなものですからねえ」
「ここは稲森町ですね」
「そうです。道の向こうが立花町」
 確かに風景の違いはない。よくある住宅地だ。そして、幹線道路沿いにだけ店屋がポツンポツンとある。
「このあたりは昔、何だったのですか」
「村境でしょうなあ。稲森村と立花村の。私が子供の頃は、田圃でした。全部」
「じゃ、村境の村道ですか。この道は」
 店内から幹線道路がよく見える。
「いえ、これは新道です」
「でも、この辺りで二つの村が分けられていたんでしょ」
「どうだったかなあ。昔の村境」
「じゃ、昔から境界が曖昧なんですね」
「境界はあったと思いますがね。当然。隣り合わせの田圃で、畦一つで分かれていたんじゃないですかな。どちらにしても、村はずれですなあ」
「それで今も、似たような風景なんですね」
「まあそうなんですが、どちらの村にも鎮守の森がありましてね、それが目印です。村から何処まで離れたかは、それを見れば分かったのです。それは私の子供の頃の体験ですがね。私は稲森村です。そして立花村に近付くほど、稲森神社の繁みが小さくなり、立花神社の繁みが大きくなる。そして、境界らしいところに来ると大きさが同じになる。だから、自分が今何処にいるのかが分かった。似たような田畑が広がっているんだけど、鎮守の森で、しっかりと把握したんだよね」
「その神社、行ってみましたが、よく似ていました」
「そっくりでしたでしょ。祭っている神様も同じだし。この地方にある村の神社はどれも同じですよ。似たような時代に建てられたので」
「鎮守の森の形も似ていたりとかは」
「そうですなあ。毎日見ていたので、自分ところのは何となく分かります。特徴のある枝が突き出てましたから。それに稲森神社の方が木が少ない。その程度です」
「はい」
「この幹線道路沿いも、似たような家が並んでいても、やはり違いははっきりあるんですよ」
「僕は引っ越したとき、迷いました」
「今はそんなことないでしょ」
「はい、並び方で分かります。しかし、何かはっきりとした町の特徴が欲しいですねえ」
「君は立花町だったかな」
「そうです。道の向こうです」
「まあ、この二つの町は、昔から似ているんだよね。一つにしてもよかったんだろうけど、それでは村としては大きすぎる。ある適当な村人の数というか家の数、田畑の面積があるんでしょうなあ」
「ああ、なるほど」
「まあ、今はどちらの町に住んでいるのかなんて、あまり気にならないと思いますよ」
「そうですねえ」
「何か役に立ちましたかな」
「その」
「え、何ですか」
「その村の中心部じゃなく、境界線側の方が賑わっているなあ、と思っただけです」
「ああ、そうなんだ」
「それだけです」
「はいはい」
「お話、ありがとうございました」
「うん」
 
   了



2013年9月2日

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