小説 川崎サイト

 

消えた散歩人

川崎ゆきお


 いつもの散歩道での話だ。
 その日も木下は散歩に出た。ところが、いつもとは様子が違う。同じ道なので、様変わりしたわけではない。だから同じ風景だ。晴れた日、雨の日、曇った日、雪の日、それぞれ風景は変化するが、ベースは同じだ。
 いつもと様子が違うと木下が感じたのは、出るべきものが出ないのだ。それは妖怪ではなく、向こうから来る散歩人だ。これも妖怪のようなものだが、毎日すれ違う人々がいる。それがなかなか現れない。何か用事が出来て、今日は出て来ていないのかもしれない。たまにあることだ。木下にもある。
 最初に出くわすはずの杖をついた老人は欠席のようだが、次の坊主頭の大入道も出て来ない。この大男とは決まって小学校の校門前ですれ違うのだが、いない。遅れているのかと思い、遠くを見るが、子供が自転車で走って来るのが見えるだけ。その後ろには誰もいない。
 二人とも欠席なのだ。そして、ちょうど子供の自転車がいる辺りで、早足で歩くお婆さんと出くわすはずなのだが、まだ見えない。
 木下はそれを考え出すと怖くなってきた。そして、お婆さんとすれ違うはずの小学校の塀が途切れるところまで来たが、いない。その先を見たが、いない。
 これで三人だ。もしかして、今日は散歩に出てはいけない日なのかもしれない。そんな日があったとしても、どうしてその三人は知ったのだろうか。それ以前に「散歩に出てはいけない日」などないだろう。聞いたことがない。個人的にはあるかもしれないが。また、この三人、何の繋がりもないはずだ。そして天気も悪くはない。
 木下はその先で右に回り、さらに進んで右に回り、ぐるっと回り込んで家に戻るコースを取っている。そして、最後の直線で出合うであろう散歩人が一人だけいる。それは太ったおばさんだ。いかにもダイエットで歩いているという分かりやすさだが、その人もいない。これで分かりにくいおばさんになった。
 そして家の前に近付いたとき、木下は理由が分かった。それに気付くのが遅い。こういうことはすぐに分かるはずなのだが。
 つまり、一時間間違えていたのだ。いつも午後の三時に出かける。それがまだ二時だったのだ。あまりにも単純な話だけに、逆に可笑しくなった。
 家に戻ると三時前だった。少し休憩し、三時になってから、またいつもの散歩コースに出た。念のためだ。
 そして、いつもの場所で杖をついた老人とすれ違った。さらに小学校の塀沿いに、いつものメンバーが歩いて来るのを遠目で見る。
 確認が出来たので、木下は引き返した。
 もし、このとき、誰も見かけなかったとすれば、かなり怖い。
   
   了



2013年9月3日

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