小説 川崎サイト

 

顔の闇

川崎ゆきお


 田中は見た夢が気になった。
「夢の話なので、申し訳ないのですが」
「いえいえ、どうぞ」
「若い頃の友達の夢を見ました」
「はい」
「その友達とは、もう用事がないので、会っていません。しかし、青春時代の思い出として、よく思い出します」
「出来るだけ、掻い摘んでお願いします」
「これでも、かなり簡潔に話していますよ。どんな人なのかは省略してますし」
「何か、気になることがあるのでしょ……その夢を見て。それをおっしゃってください」
「よく思い出していると言ったでしょ」
「はい」
「その思い出していることが夢になったような気がするのです」
「過去の思い出は夢になってよく出て来るものです」
「だから、そうではなく、実際に起こったことは三十年も昔のことなのですが、回想することはよくあります……最近も。それが夢になって出て来たような気がしたもので」
「はあ?」
「だから、思い出した経験が、夢になったのだと」
「かなり分かりにくいのですが」
「だから、相談に伺ったのです」
「で、何が問題なのですか」
「本当にあったことを夢で見たのではなく、あとで思い出したことが夢になった」
「でも、それは同じでしょ」
「違うんです」
「それは大した違いはないと思います。で、どんな夢でしたか」
「一緒に飲んでいました。ところが、その友達とは関係のない人が混ざっているのです。だから、そんなシーンは現実にはありません」
「夢ではよくあることですよ。現実の再現じゃありませんからね」
「それと、彼のことを思い出していたとき、最近夢に出て来ないなあと思っていました。よく彼の夢を見たのですよ。それは青春の思い出としてですが、彼はそれを象徴していました。ところが最近見ない。だから、最近見ないなあと思い出していました」
「それで」
「だから、夢に出て来いと、願ったことが夢になったような」
「先ほど、そのお友達の知らない人が混ざっていたと言ってましたね。誰ですか」
「その友達とは十年ほど一緒に仕事をしたり、遊んだりしましたが、そこで終わりました。混ざっていた人は、その後の仕事で知り合った先輩です」
「スライドしたのでしょうねえ。入れ替わりの象徴でしょう」
「でも、もうその先輩とも疎遠です。別の仕事に移りましたから、合う機会もありません」
「何かよく分かりませんが、夢の中で何らかの整理が行われているのでしょうねえ」
「そうなんですか」
「はい、それだけです」
「思い出ではなく、思い出を思い出していたことが夢になったことは?」
「だから、夢のお仕事の一つとして整理がありますから、それでいいのです」
「しかし、不思議なことが一つ」
「何でしょう」
「その友達の顔が見えないのです。顔だけ闇がかかったように暗くて、見えなかったのです」
「神秘的なことを言うわけではありませんが、一度連絡を取られてはどうですか。またはそっと見に行くか」
「どういう事でしょうか」
「何かのお知らせかも」
 田中は知人を通じ、その友達の消息を聞いたが、生きているようだった。
 それて、安心した。
 顔が闇のように暗くて、よく見えなかったのは、もうあまり見たくもない顔のためかもしれない。田中はそう判断した。
 
   了 


2013年9月16日

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